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【日録】

 昨日はJCUで講演。私は北朝鮮問題を日本のモリカケ報道との関連と、金王朝三代目の金正恩と中枢スタッフたちの本音という線―及び安倍、トランプのメッセージの読み解きから考察した。ただし私がより妥当な事を言っているのではなく、誰にも何も本当のことは分らない状況だよ、というソクラテス的な問いの提示。
 一方、米日の安保政策に関わってこられたランス・カトリング氏による軍事学的レクチャーは大変啓発的だった。トランプ政権になってからの安全保障構想の中の、強いアメリカの再建と、日本のリーダーシップの評価に触れているが、具体的にそれは何を意味するのだろうという問いの投げかけは、まさに今安倍外交が推進している構想との高度の呼応を感じさせ、興味深かった。トランプは中国に勝負を掛け、プーチンに接近している。これも誰かさんが何年もやってきた路線と全く重なる。
 昨日は集団的自衛権の原稿、今日はアベノミクス。苦吟と重労働が続くが、後数日。
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【感想】

 昨日アエラが杉田さんの人相を取り上げて攻撃しているのに呆れたが、何度でも確認しておきたい。私は党派的な為にする議論と攻撃が大嫌いだ。右だろうと左だろうと、私の議論に賛成だろうと反対だろうと、人の顔を持ち出しての攻撃、汚い言葉を投げつける攻撃、罵倒は、私は嫌いである。いつも言うが悪口藝の内、悪口の言い方にこそ人品が現れる。
 日本が素晴らしい、日本の保守、と言う側の人ほど、言葉遣いの人品、悪口の人品には気を使ってもらいたい。私はいつもできるだけ汚い言葉を使わずに、笑いを含んだ辛辣さを出そうと努めている。
 悪口を勉強する手っ取り早いテキストとしては三島由紀夫『不道徳教育講座』。太宰治『新釈諸国噺』もいいかもしれない。まあ二人とも根が生まじめな日本人だから、英仏の人達のようにユーモア、エスプリを使いこなせてはいないけど、それが我々の民族性。

【私見による日本の課題】

〇安倍氏の経済・外交・安全保障の成功あっての今だ。安倍時代5年8ケ月は「失われた20年」を完全に取り戻し、「終わらない日本の敗北」にピリオドを打った。これを継承し続け、中国の膨張主義を抑止する自由の大国日本であり続ける事。
その上で、
〇皇位継承者の拡充を含めた、戦後皇室改革の悪弊の除去。
〇初等教育での国語・国史の圧倒的充実、エリート教育=テクノクラートでなくエリートを作る明確な目的を持った高等教育の導入。
〇自民党に人材バンクとシンクタンク機能を導入。
〇三選後の安倍政権においては、安保外交の大成功に較べ、失敗だった人口・労働政策(地方創生を石破担当大臣がこなせなかった事が転び始めた原因だが)の抜本的な見直しが最優先。人口一億人政策はイデオロギー転換が必要。
〇文化的には大日本帝国時代あるいは昭和50年代まで継承されていた「日本」の復活。文学、思想、人間像全てにおいて日本が今風前の灯だ。8月から取り組みを復活する。
色々な次元が混在していますが、最重要と私が考えるものは以上です。

【杉田さんとの対談本】

 杉田さんとの対談本は何度も言うように、思想と政治の交点を語っているので、政局本ではない。
 私の発言の核心部分の一つは次の箇所だ。西洋近代において人権思想の発生と天才という概念の成立は不可分だ。この事はいずれ思想書で丁寧に書くが、人権と言う観念の「観念性」の根にある深刻な闇だと思っている。
 私たちは常識に戻らねばならない。それは何か。権利など主張できる偉そうな俺たちじゃないという事。「自分こそが屑だ」という自覚があって初めて人として真っ当になり得るという事。あらゆる宗教は人間の仏性や神性を認める逆説の交点にこの人間の根源的な駄目さ―罪悪深重の凡夫、原罪、無明……ーを置く。こうした逆説を知らぬ近代的人権の主張は人類史上最も野卑で愚昧な思想だ。

小川●このあたりはすごく大事なことなんです。お前も私も超ド級のバカなんですよ。なぜそのバカがね、権利だ何だと偉そうな口をきくのか、と。この「お互いクズなんだ。屑の分際で偉そうにするな」というのが、人類の自己認識の基本でなければならない。私こそがクズですと認めるところからしか何も始まらないんですよ、人類なんていうのは。
 いや、私こそが素晴らしいというのなら、人に頼らずぜんぶひとりでやれっていう話です。
杉田●そうだ、そうだ。ホントにそう。
小川●どんなにベートーヴェンが偉大だっていっても、ベートーヴェンの食べ物をつくっていたのはベートーヴェンじゃないんだからね。
杉田●そうだよ(笑)。
小川●自分で食べ物もつくれないようなヤツがね「第9交響曲」を書いたからっていばるな、という話。で、そうだとしたら、「第9」さえ書けないような我々は、もっと偉そうな口をきくなよ、っていうこと。

【杉田水脈氏の新潮45論文】

杉田水脈氏の新潮45論文が騒ぎになっているので読んだが、一字一句改める必要がない正論だ。読まずに騒いでいるか読んでも理解できずに騒いでいる人は頭を冷やした方がいい。
 この内容なら私はもとより、小林秀雄、福田恆存、江藤淳でもほぼ同様な事を書いたであろう。彼らとでは時代が違うなどと言う問題も生じ得ない。騒がれている税金投入と生産性の箇所だが、杉田氏は生産性がないから「ダメだ」と価値判断をしているのではなく、「税金投入」は「生産性」と不可分だとしている。そもそも日本では性的少数者を特段税金で救済する社会的歴史的宗教的文脈がない。杉田氏はその事も指摘し、日本が性の多様性に寛容な社会だとの認識を示した上で、以上の箇所に論じ及び、しかもトランスジェンダーについては性的嗜好とは別だとして理解を示している。
 対談本を出したばかりだし仲間褒めは嫌だから、何か杉田氏の文章に舌足らずがあるなら率直に指摘しようと思って読んだが、問題があるとは思えない。
 議論・批判したければ大いにすればいいが、炎上的に騒ぐのはどうかしている。
 これは大変危機的な思想戦争だ。左派の炎上に便乗する事は特に絶対に避けてもらいたいテーマだ。人類にとっての根源的なテーマなのだ。
 勉強、熟考して中身のある議論をする人が増える事を希望したい。

杉田水脈さんとの対談『民主主義の敵』の一節

 杉田水脈さんとの対談『民主主義の敵』の一節をご紹介します。余りにも議論の本質からかけ離れた杉田バッシングが多いようです。ちょっと長いけど、こういう議論をしている本なんです。ぜひご購読ください。今の戦いの本質は極めて危険な思想戦です。党派的な議論や一知半解な議論はやめて少し勉強と思索をしてから参加ください。

杉田●私だっていろんな経験をしています。腕を引っ張られてホテルに引きずり込まれそうになったこともありますけど、そのときに行かなかったからいまの人生があるとするなら、やっぱり行かなくてよかったって思えるわけですよ。
小川●そうです、そうです。
杉田●逆にね、誘いに乗って役をもらったから、あとあと後悔することだってある。でも私なら、断って干されて「Me Too」をやったほうが絶対にいいと思うんですよね。
小川●「Me Too」っていうなら、それで得た利得をぜんぶ還元しないとね。
杉田●そうそうそうそう。
小川●それは男と女に限らないんです。子供と大人もそうだし、上司と部下もそう。友だちどうしだってそうですよ。つまり人間関係というのは、基本的に全てハラスメントだと私はいうんです。だって自分と違う感覚、価値観の人間が接触しあうんですよ。一言一言カチンとくるのは当然。その上体臭もあれば、家族ならいびきや屁にも我慢しなければならない(笑)。それをお互いが調整したり、トラブルを超えて友情を育んだり愛を育んだりするわけでしょう? 夫婦関係なんか、まさにそうですよね。
 結婚するときはだいたい、美辞麗句を並び立ててプロポーズするわけですよ。だけどすぐに不満になりますよね。そういうことが経験であり人生であるわけです。
 逆にハラスメントなんていっさい経験がなくて「ああ、これが幸せな人生だ」ってあるのですかね。
 ハラスメントを受けて手を引っ張られた水脈さんが、断ったときにいまここにいる水脈さんになるんです。もしも引きずられたままなら、別の「何とかさん」になっていたかもしれない。で、その「何とかさん」はそれなりに、また別の道を切りひらいているかもしれない。
杉田●ああ、絶対にいると思う。
小川●ね、そうした対人関係の選択です。ハラスメントという概念である固有の人間関係を全部排除したら、そうした選択もなくなるのです。手を引張られてついていったなんとかさんは、それはそれでもしかしたらいまでは大女優になっていたかもしれない。だれもそれを軽蔑する事なんてできません。。
杉田●ないないない。それが人生なんですよ、自分が選択した。
小川●セクハラなしにマリリン・モンローが存在し得たのだろうか。モンローの不幸とモンローの偉大さは同じコインの両面なんですよ。
 私が嫌なのは、本質的な人生哲学的な問題を、人権やある種の政治イデオロギーに還元することなのです。それは人間性に対する最も手ひどい侮辱なんですよ。
 だからもしね、セクハラという言葉に該当するようなひどい男の嫌がらせの相談を女性からされたとしたら、水脈さんは男のところに乗り込んで行って「あんた、どこまでくさった男なのよ!」っていうタイプでしょう?(笑)。
杉田●そう(笑)。
小川●それに比べて「Me Too」なんていってる連中は、相手の立場や身分が上だったりしたらね、自分はいわずに「朝日新聞」に書かせる(笑)。
杉田:ああ、そうだね(笑)。
小川●だから多くの人が水脈さんのファンになるのは、人生の問題は人生を賭けて戦うという人間性が感じられるからですよ。

【日録】

 早朝から政治論執筆。安倍政治は実は極めて高度な政治哲学なのだという事を書きながら徐々に理解している所だ。改めて驚いている所だ。
私は「結論」を決めて物を書いた事はない。
読み筋は当然ある。だが結論はない。書いている内に結論が全く逆になる事もあれば、使うロジックが大幅に変更する事もある。
党派的な議論や結論を導くためにする議論は私は一度もしたことがない。
人が私を党派的に分類しようとも、私は結論ありきの議論はした事がない。読む人が読めばわかる。
保守論壇でもTPP絶対反対とか消費増税絶対反対とか移民絶対反対とか、結論ありきで声の大きな議論はいつの世にも流行るが、私はそんな結論は一度も持った事はない。逆の結論TPP賛成ありきも増税ありき移民ありきも持ったことはない。考えてその都度結論を出す。
お茶を淹れに隣室を除くとクラシカ・ジャパンでドヴォルザークの伝記映画をやっている。中身は分らないが俳優が余りにドヴォルザークと瓜二つなので笑ってしまった。アマデウスのトム・ハルスは似ても似つかないし―それが狙いだけど―リチャード・バートンのヴァグナーは似ているけど、それはあくまで俳優としての表現。このドヴォルザーク氏は本当にそっくりさん。よく探してきたな。映画としては美しそうだから時間の取れる時に見てみよう。

【感想】

 枝野さんが杉田さんの野次に黙らせろ、黙らせろと、余りにも図星ないきり立ちかたをしているのを見ながら、「むきになれば嘘をついていないと思われる不思議な文化圏」の人なのだろうなと思った。
私はまともな処世をしてきたおかげで、嘘をつく時はポーカーフェイスを貫き通さねばならない事位子供の時に身に着け、今に至るまでポーカーフェイス道を磨いて生きてきた。普通まともな人間はそうだろうと思う。私は違うが、私の周りには奥さんにポーカーフェイスを使う怪しからん友人が何人もいる。
 が、左翼やマスコミや野党というのは、概して嘘をついている時ほど大声になるという世界なのだろう。頼まれても真似したくない生き方である。
 そういえば安倍総理のポーカーフェイスぶりに至っては国際ランキングトップクラスだと思う(笑)。それでなきゃプーチンや習近平やトランプ相手に総理の重責を務め切れるものではない。ただしモリカケで安倍氏が嘘をついているかのような阿呆な話は勘弁してほしい。もりかけちゃんぽんで嘘をつかねばならぬほど、我が宰相は落ちぶれちゃいません。

【古典】

 古典を必ず、どんなに僅かでも毎日読まないと、私は心の営養失調に掛かる。気が濁り、心が淀み、頭も悪くなる。
 今は政治論の原稿で、朝から晩まで厳しい状況だ。合間に社会的な所用が入り、帰宅しては原稿という日々だ。今開いた『ゲーテとの対話』の一節「私のほんとうの幸福は、誌的な瞑想と思索にあった。だがこれも、私の外面的な地位のお陰でどんなにかき乱され、制限され、妨害されたことだろう! もっと、公的な職業上の活動から身を退いて、孤独に暮らせたら、私はもっと幸福だったろうし、詩人としてもはるかに多くの仕事をしていただろう」
 探したわけでないのに、開いた頁に私の嘆きがそのまま出てきた。勿論ゲーテと自分を同格において考えているわけではないが(笑)それでも、生涯では同じ位大きな仕事を成し遂げたいと思っている。
 私のファウスト、私のファウストと思いながら生きてきたが、8月からは大幅に孤独な生活に入り、長年の思索を形にし始めたい。

【何とかしたい……】

 今日は外交論初稿が終り、これから直ちにアベノミクス論に入る。安倍政治は国際政治の文脈に置くと日本近代史で突出した奇跡的なものなのだが国民どころか有識者の多くもその意義を理解していない。オバマ氏による米威信大幅低下とトランプ氏の不安定さと一国主義、中国の多層的な世界戦略が輻輳して生じている世界秩序の大規模な崩れを抑止してきたこの数年の世界最大の功労者は明らかに安倍総理であり安倍ドクトリンだが、限界状況のゲームが続いている。モリカケ以来のアホな氷漬けと知能の極限的に低い政治報道、政局ごっこから抜けられない自民党の中で政権だけが頑張り続けるのは限界だろう。人材も少なく交代要員は極めて限られている。
 安倍政治のターゲットは中国の日本への脅威ではなく、世界への脅威だ。国民的自覚なしに安倍ドクトリンだけを先走りさせてきたのは、私を含めた言論人の非力にも原因がある。何とかしたい、しなければならないが、こっちも体も時間も能力も足りない。やれるだけの事はやり続ける。しかし思想の仕事に戻らなければ安倍政治の次を創造できない。それは譲れない。

【読んで頂きたい拙文】

 今発売中のvoice8月号の拙稿「明確になった次の三年の課題」で、私は森友加計騒動について、日本の有識者、言論界に厳しい糾問を提出した。回答を要求しているが、さてどうか。訳知り顔の「評論家」は要らない、真の「言論人」が欲しい。私の切言が悪夢の予言にならぬよう全力で戦っているが状況は厳しい。

「私は、当初、森友加計騒動を、呆れつつも、いつもの安倍叩きの延長として見てゐた。しかし根拠なき疑惑騒ぎが一向に終息しないまま七月に至つた時、私の違和感は絶頂に達した。秋の臨時国会でも同じ光景が再現されれば、日本は魔女裁判の横行する社会になりかねない。放置すれば、マスコミによる全体主義的風潮の蔓延を抑へるのは困難になるだらう。
私は、七月から急遽、森友・加計問題について調査を始め、両問題が、実は朝日新聞が主導した「安倍疑惑」の捏造だといふ事実が明瞭に浮かび上がつてきた為、その実態を描出した『徹底検証森友加計事件 朝日新聞による戦後最大級の報道犯罪』(飛鳥新社)を十月に刊行した。ところが、本誌を含めた一部保守系論壇誌やインターネットTVなどごく一部の媒体と、そこで発信する二十名内外の言論人以外は、この驚くべく事実と乖離した倒閣報道を、黙認したまま今日に至つてゐる。
この広範な言論界の「見て見ぬふり」は、朝日新聞主導の「疑惑の捏造」以上に、異常ではないか。(略)
私は問ひたい。
本誌の読者、政財界の諸氏、そして何よりも当事者たる言論人、又出版人各位に問ひをぶつけたい。一体あなたがたはこの一年四ヶ月何をしてゐたのか。なぜをかしいと声を上げなかつたのか。これほどの国政の中断、国政の停滞、非合理な倒閣運動に対して、声を上げなかつたのは何故なのか。
沈黙が自由を破壊し国を破壊する。
なぜ民主主義の第一原則である「必要な時に声を挙げる」といふ一歩を、日本の要路の諸氏はかうも踏み出せないのか。
論壇全体が声を上げていれば、流石に朝日新聞やテレビ局も、ここまで暴走はできなかつたらう。
日本に情報工作を仕掛け、何らかな侵略的野心を持つ近隣諸国はロシア、北朝鮮、中国と、全て言論の自由とデモクラシーが存在しない。不合理なパワーに対して、をかしい事ををかしいとは言へない国なのだ。他方さうした隣国からの情報操作が間違ひなく潜入してゐる日本では、をかしい事ををかしいと言はない言論人が蔓延してゐる。
こんな状況を続ければ、日本も近未来、をかしい事ををかしいと言はない国から、言へない国になつてしまはないと言へるのか。」

【嘆息】

 最近講演、企画や収録、著書の打合せなどで色々な方と会う度に、寄ると触ると話題になる事がある。一体反安倍のマスコミや野党は「本当に一体なにがやりたいのか、何が目的なのか」という事だ。
やる事なす事、人間性の壊れた単なる異常行動ばかりだ。オピニオンや政策の批判でないのは勿論、不正や疑惑の追及も実際には一つもしていない。そしてこの異常な妨害で損をしているのは安倍政権ではなく(結局支持率は歴代でもお化けレベルの50%越えに戻るのだから)、日本国民でしかない。毎度毎度被害者は日本国であり日本国民だ。しかも損なわれている国益はもう尋常ではない。彼らがいないでくれただけで日本と世界は安倍政治の利益と平和増進をどれだけ享受できるかを考えると私は言葉もない思いがする。
 だから会う人毎に皆慨嘆して私に尋ねるのだ、「小川さん、あの人たちは一体何が目的なんでしょう?」
 私も知らんわ。アホ過ぎて外国の工作機関も使えまい。官邸の陰謀でアホを演じてもらって安倍政権のまともさを際立たせているのかと言っても、もう冗談にもならない。人生でここまで冗談にならない存在に出会うとは思わなかった。

【寸感】

 暑い。母と電話で話したら今日は父の二年四か月目の命日と。会いたいなあ。ふと〈運命〉が聴きたくなった。普通なら暑い時に聴きたくなる曲ではないが、よほど神経がおかしくなっているのだろう。しかし東京のベートーヴェンはフルトヴェングラー、カラヤン、バレンボイム、ティーレマンと疲れるものばかり(笑)ベーム&ウィーンフィルとかマズア&ゲヴァントハウスとか子供時代に父が買ってくれたものを聴きたいが手元にない。東京にあるのはヴァルター、シューリヒト、コンヴィチュニー、ヨッフム、ガーディナー、シャイー。一番素朴なものが聴きたくてコンヴィチュニーをかけているが、少し素朴すぎる(笑) なかなか難しい。私は聞きながら読書も原稿もできないが、今は珍しく聞きながら原稿を書いている。もう少し書いたら番組収録に出かける。

【日録】

 夜通し暑い事に呆れている。朝からこの暑さでは……。昨日は7月の多忙のピークだったが、対談収録、烏山での講演もお陰様で無事終えた。関係者参加者の皆様には感謝に堪えない。現在準備中の著書が厳しい進行状況で毎日10時間以上執筆を続けなければならない。今日は又書斎の緊張に戻る。ただし3時から収録がある。
一方で、8月から本格的に準備する江戸思想、保守思想についての著述の構想なども少しずつ固めている。政治本は当面この夏刊行の「決定版」で一旦休止。論壇での発信、そしてある程度テレビメディアの仕事へと社会批評は移行させ、単行本執筆の時間を全面的に文藝、思想に向ける。文藝批評というジャンルは事実上枯渇、死滅状態だが、本当に力のある思索と文体で、今年から来年にかけ、私が蘇生させる。文壇関係者が相手にするかどうかは知らないがどちらでも結構(笑)余りにも多事で人の事など構っている暇がない。その割に酒は毎晩飲む余地があるのが不思議。

【日録】

 昨日は朝4時から夕方4時まで近刊の執筆。散歩、夜は薔薇の騎士をカラヤンとティーレマン。非常に厳しい状況だ。今朝も4時に緊張で目が覚めたが少し休み7時から執筆。今一段落。徹底検証本はチームでの仕事になるが、今回はテーマが壮大で大変。明日には講演があり、明後日は収録。月刊誌の〆切も明日と25日。政治の単行本は今のもので当座終えるので卒業論文のようなものだ。乗り切るしかない。
先日お茶の水大学のトンデモな話を疑問視したが、リベラルの狂信化は人類一般の大迷惑である。自分達だけで勝手に集団作ってそこでやってほしい。かつてのケンブリッジの裸集団のように。
性の自称を尊重し始めたら何でも言えてしまう。自称と社会的規範は根本的に相対立する別原理だ。どこまでが尊重すべき自称でどこからが唾棄非難すべき自称なのか。これはモラルと規範の問題なのにリベラルと称する人達はモラルや規範を丁寧に誠実に論じようとはしない。
新しいと称する思潮はすぐ古くなる。普遍性に達する新しい思想は極めて僅かだ。思想で社会をいじるのは謙虚と惧れと内なる声に耳傾ける誠実さが必要だ。こんな基本が分らないから近代思潮の暴走は戦争と革命という名の狂気を再三繰り返してきた。近代の暴力は政治家や金持ちが起こしたのではない。その起源には「思想」がある。
歴史と古典を知らない新思想、正義、真理の鼓吹者がいかに狂信化するかはオウム真理教を見れば明らかだ。歴史と古典によって自らを縛るものだけが新しさに挑戦できる。いい加減近代の知の暴走から学んでほしい。

萬葉集を紹介する短編動画

 ドイツ在住の読者の方に紹介いただいた萬葉集を紹介する短編動画である。
万葉集の調べを歌われた風景の中で味わえる名短編だ。万葉の巻一の素朴で力強い国語の命が万葉時代の旅路へと誘う美しい風景、美しい音楽と響きあい、折に触れて心の潤いを求めて再見したくなる。万葉は、如何に自然の風景、当時の生命観の深い反映である事だろう。動きのある画像の中でこそ歌の調べと風景の動きの重なりが実感できる。ドイツ在住の知人にご紹介いただいたが、同シリーズを纏めてみたいと強く感じ、他の画像も探しては楽しんでいる。

VOICE8月号

 本日発売のVOICE8月号に「明確になった次の三年の課題」と題して、安倍氏三選後の方向性を打ち出しました。
モリカケ報道の謀略性と北朝鮮危機の連動への疑問――特に情報の専門家による究明と、言論界の極度の脆弱性を告発しましました。
これから三年は自由社会が持続する為の内なる強靭化と安定した100年の計、後継者の成長を期する国際舞台への登用などが必要になります。
ぜひご一読の上、感想を頂戴できればと思います。

【最近感銘を受けた一文】

 村田春樹氏の次の一文「小和田恆という人」に強い感銘を受けた。氏は盾の会ご出身で、潔癖と断固たる行動の人だが、この小和田恆論は、凡百の風説と違い、講演の記録を通じて一人の人間を見詰める偏見なき透徹とした村田氏の眼光が光る。村田氏の人間的風韻を通じて小和田氏の在り方、生き方が浮かび上がる。多くの方々と分かち合いたい。

小和田恆という人 
長文です 御用とお急ぎでない方お読みください。

下記の講演会を受講しました。
【早稲田大学法学部主催講演会】「国際法65年の人生」小和田恆氏
日 程:2018年07月02日(月)16時30分−18時00分
会 場:早稲田大学 早稲田キャンパス8号館B107教室
講 師:元国際司法裁判所裁判官 小和田 恆 氏
参加費:無料
対 象:学生・大学院生・教職員・一般

畏友EM氏の誘いがあり、我々はEM氏・氏の細君・A嬢・B嬢・C嬢の計6人で参加した。

約150人収容の教室はほぼ満席、我々のような学外のオヤジおばさんは全部で10数人。

あとは学生であった。私は早めにいって最前列を確保、
定刻少し前に法学部長と担当の女性教授と共に小和田氏が入場した。
あまりの痩せ様に、一驚した。目はくぼみ目の周りは黒くなり、
顔色は悪く(黄疸?)気の毒だった。氏は、前から二番目に座っていたEM氏の前の席に座ろうとして、
EM氏に深々と頭を下げたのには、感心した。こういう振る舞いはなかなかできない。
EM氏に後から聞いたが恐縮したそうである。法学部長が簡単に挨拶して、
ピンマイクをつけた小和田氏が登壇。以下氏のお話のごくごく一部を紹介する。
じっさいは丁寧なですます調だったが簡略化した。(  )内は私の感想である。

私は体調を崩して入院していた、本来のスタイルで話す自信がない。
座って話すことを許されたい。(ここで用意されていたペットボトル
の水を飲もうして栓を開けようとされたが力がなくて開かない。
なかなか開かないので皆気をもんだが、
最前列の私が出て行って開けてあげた。軽く開いたが、こんな程度の力もないのか、と驚いた。)
今日は学術的な話ではなく、自分の人生の随想みたいな形になるかもしれない。
原稿もない。6月末に国際司法裁判所を退官した。
私は中学一年の歳に敗戦を迎えた。昭和26年に大学に入学。
まさにGHQの占領期間が少年時代だった、
このことから私は「日本は何をしなければならないのか。」
をひたすら考え、生涯の目標となった。
ケンブリッジの大学院に4年間留学したが、
実に実に生涯最高の日々だった。
東京大学で国際法を横田喜三郎先生に学んだが、
ケンブリッジに行って見て、それは生きた国際法ではなかったことに気づいた。
ケンブリッジでこれが本当の国際法だ!と言うことを学んだ
(このあと終盤でもう一度横田喜三郎をはっきりと批判否定した。)
私は研究と実践両方をやってきたことになる。
振り返ると公務員として外交官として30年、
アカデミズム(大学教授)として20年、(ケンブリッジ・早稲田等で教授、)
司法裁判所15年(うち3年は所長)自分が日本のために何ができるかを常に考えてきたが、
65年でひとつの幕が閉じたと思う。わたしは海洋法条約とつきあってきた。
日本の利益をいかに最大化するかが使命だった。
アカデミズムでは好きなことを言えるが影響力は限られていた。
司法裁判所では40-50の判決に関わった。
所長の時は10いくつだった。3つ具体例を挙げる。
1,ベルギーとセネガルの拷問事件,
2,ドイツとイタリアの主権免除事件(いずれも専門的でよくわからないので省略するが、
2,のドイツとイタリアの主権免除事件については文末の注参照)
3,日豪捕鯨事件である。これは判事12人対4人で日本が敗訴したが、
私は日本を支持した。日本は捕鯨条約に違反していない。
鯨が減少していると言うことを立証する責任は日本にはなく豪州にある。
承服できない。(ここでほんの少しだが感情がお顔に出ていて捕鯨批判に憤っておるようだった)
以下若い人たちに申しあげたい。
みなさんはこれからビジネス、アカデミズム、ジャーナリズム、
公務員として生きていくのだろうが、
法律条文の背後に横たわっているものを見つめることが大事。
何をやるにしても初心を忘れてはいけない。
ところで文部省の言うゆとり教育ほど馬鹿げたものはない、
材料をあてがわず時間をあてがうなんて馬鹿なことがあるか。
(上品な口から馬鹿いういことばが二回も出てきたのには少し驚いた。)
若い皆さんは他流試合をしなさい。具体的にはどんどん外国に留学して
、国際的な説得力を身につけてほしい。国際裁判所では私のアイデアだったが、
15人の裁判官に一人ずつ若手をつけることにした。
いわゆるロー・クラークです。この仕事は裁判官見習いみたいなものです。
このキャリアは国際法の世界では大いに役立つと思う。
実際に200倍の応募があった。この200倍は全部第一希望であり。
滑り止めとかそういうものはない。従ってものすごく優秀な人が入って来て雇用された。

残念ながら当初は日本人が皆無で中国人が多かった。
しかしここにきて一人日本人が採用された。
早稲田大学から東大の大学院で博士号を取った人で、
雇用してみると実に優秀だった、みなさんの先輩ですよ。
ところで今日この講演を引き受けたのは。
私は早稲田に足かけ5年教鞭をとっていて、
いわば一宿一飯の義理があるからです。
グローバリゼーションと国際化は違う、
国際化とは幕末の開国~明治維新を指す。
西欧諸外国は200ボルト、そのまま国内の100ボルトと連結してしまうと
日本はおかしくなってしまう。当時の指導者は変圧器を苦心惨憺して作って
日本を近代化した。グロバリゼーションとは変圧器を入れず
そのまま一つの世界を構成してしまうことであり、主権国家は消滅する運命になる。

氏はなぜかペットボトルの栓を開けた私の方を見つめてお話されるので
(私の背後にいた美女を見つめていたと言う人もいる)
私は姿勢を崩せずつらかったが、話が面白く、しかも知的雰囲気にあふれていて、
何十年ぶり(初めて)に本当の碩学を間近に見て興奮してしまった。
一時間20分ほどで終わり男子学生が二人質問した。
一人は「先ほど先生は正義の実現とおっしゃらずにジャスティスとおっしゃったが。」

という質問に氏は、良い質問だとして実に丁寧に回答された。
拍手大喝采で終わった。じつに得がたい体験だった。
周囲も、皇太子の岳父なんてことは微塵も意識していなかった。
優秀な学生が真摯に碩学に学ぶという空気が充ち満ちていた。
私の母校のレベルが往事とは格段に異なることを感じた。
私は氏に誠実さを感じた、そして若い人への真摯な期待。
そして意外だったのは横田喜三郎と反捕鯨とゆとり教育とグローバリゼーションへの批判である。
氏は今後健康上や岳父という立場上、政治的な発言をしないだろうが、
もし、自由なお立場であったら、小田村四郎先生や三好達先生のような人物になったのではないだろうか。
右とか左とかそういうレベルではない。田中美知太郎や岡潔両先生も、
このような雰囲気を持っていたのではないだろうか。
現今日本で最高の知性が目の前にいて、ペットボトルの栓を開けたということは、
我が人生の大きな自慢の一つになる。
余談だが6時に終わり、まだ日が高いので、
同行の美女連と早稲田大学大隈庭園の中にある瀟洒な
教職員専用レストランでビールとワインを楽しんだ。
私には常にこういう艶やかなおまけがなぜかついて回るのだ(笑)  以上


現在韓国の最高裁で、新日鉄や三菱重工の朝鮮人徴用工賠償が争われている。
もし日本企業に賠償命令が出た場合、日本企業は支払いに応じないと言っている。
(株主総会でここ数年毎回村田が確認済み)
しかしもし応じなかったら、その企業の在韓国の資産を差し押さえられるかもしれない。

その懸念がある。しかし万一そうなった場合に、このドイツと
イタリアの国際司法裁判の判例が生きてくるかもしれない。(素人の村田の勝手な感想です)

【本当の戦いの最前線はどこか】

 誰が悪いわけではなく私自身の選択の結果なのだが、いい加減、写真に出した側に戻らせていただきたい(笑) キャンベルの『神話の力』を久々に再読していたら、かつての大学では世俗の事などが侵入する余地はなく、偉大な魂の気遣いの伝統―プラトン、孔子、仏陀、ゲーテらの世界に沈潜していた―私の極めて粗雑な意訳だが、とあった。偶々出てきた4人だが、私の愛読して止まない4人と丁度重なる。老子と万葉が入れば言うことなし。
 政治に関与するのが嫌なのではなく、ポストモダン以後の欧米日の思想の汚れがひどすぎて、実は今政治闘争のように見えることは思想、洗脳、アカデミズム利権との闘争だ。だから汚らしくて毎日うんざりであると同時に、思想による人類の汚染だからこそ、安倍政権という最前線における現場での戦いから抜け出せないのだが、それでも思想の本当の仕事に戻ることが、今や最も重要な戦いの最前線になりつつある。政治の泥まみれになってやっと手に入れた境地だから、無駄道だとは当然思っていない。ただし、疲れる、疲れた。もう一度言う、疲れた!(笑)
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【日録】

 昨日は紀尾井町会議。参加の皆様いつも有難うございます。何とも心地よい楽しい会を重ねられて感謝に堪えません。昨日前半は政局と北朝鮮。後半は今人類の文明論的転機だといふ話とフルトヴェングラーとカラヤン論の導入。
酒席は4次会どころか2次会までで解散してしまった。執筆過重で心身の疲労がかなり溜まっている。今朝も10時まで寝た。珍しい。アベノミクスの口述が続くが明日には一段落となる。カラヤン論の完成、巨匠論へと筆を急ぐ。江戸思想、保守思想・神話学=現在の近代西洋の成れの果て的欧米日思想の馬鹿化現象に終止符を打つ試論を考へたい。以下、考へるヒント論、昭和文学論といふ順で来年に向け学問三昧へ。

【日録】

 今日は紀尾井町会議だ。一ヵ月が過ぎるのが早いような、無限に遠いような。今日から拙著『小林秀雄の後の21章』自作自解が「フルトヴェングラーとカラヤン」に入る。二人の<第九>から論じ起こし、〈第9〉が音楽史的にも社会史的にも大きなねじれの結節点だといふ事、ナチス、トーマス・マン『ファウストゥス博士』、第二次大戦と共に終わったヨーロッパ近代……短編ながら大きく布置を広げてゆく作品だ。今後これを大作へと展開できないと私は年齢を重ねる意味がない事になる。結局6月から今日まで政治論で消耗して思考も時間も自由がない日々だ。7月一杯は大変な状況が続くのではあるが、来週には今の状況は打開したい。9月上旬刊行の本が私の政治の季節への置き土産となる。
 8月は新刊の完成以外は仕事を断り、読書三昧としよう。

杉田水脈議員との対談本

 7月20日発売です。意気投合して、熱く率直に語り合いました。相当大胆なところまで踏み込んで活字にしています。異論や批判は承知の上ですが、ぜひ真摯な提言の数々を受け止めていただきたいと思っています。

【日録】

 伊豆の一人酒が続く。まあ写真のような手料理=切った張った焼いた焦がしたで、静かに読書しながら呑むのが至福。頂戴して半年経ちやっと読み始めた会田弘継氏『破綻するアメリカ』は会田先生ならではの重厚・縦横な米思想のトランプ現象への結節を多岐的に論じた破格の必読書だ。保守論壇にこうした米思想史を充分に踏まえた論考がないのは結局戦後の日本が私も含めどれ程思想的な鎖国状態だったかの抉るような自己欠損の表れだ。会田氏の著述と翻訳はいずれもそれを補う最重要な仕事だと思っている。
 酒が入ってからは吉川英治対話集の再読を続ける。私の日本はこれだ。私と共に日本人だと言えるのはこの人達だ。日本人の失われ方は平成三十年の今日,間違いなく民族消滅というほかない。皆さんの中の有志が、吉川対談集一つでも徹底して物にしてくれればそこから日本民族は再生する。しかしそういう本物に弟子入りして自分の日本人として本性を確立しようという人がいない。私は何十年もの間それをした。死んだ大先輩たちに全身全霊で弟子入りして日本人としての私を確立した。理屈でなく存在全部日本の大先輩に投げ出さした上で知的に第一級の仕事しないと話は始まらないのだが。

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【日録】

 何だ、もう七月なんだねえ! 今日は夕刊フジの原稿、カラヤンのパルジファルを上げたらもう昼前。音楽や文学の仕事と論壇の仕事の並行はかなりきつい。これから外交論の口述。しんどいが、これを終えれば豚のソテーだから頑張ろう。3時にとうもろこし。今日からパルジファルを終え、バラの騎士に入る。私のカラヤン論も、あとはバラとサロメを残すのみ。何と半年近くかかった。しかしトスカニーニ、チェリビダッケ論はもう手入れ殆どしないつもり。残る大きな関門はバレンボイムのトリスタン論とティーレマンのブラームス第一論。分量調整をしてクレンペラーかヴァルターを入れるかどうか。バーンスタインやクライバーは書く興味が涌かない。最近のベルリンフィルの指揮者も全く。最近サロネン、ネルソンス、クルレンティス等抜群に凄い若手が増えたが今回は見送り。ショルティとムーティも興味深いが今回入れるには準備時間がない。

【ブラーヴォ!】

 カラヤンのパルジファルの解釈史的な意味が理解=発見できた。多分世界で誰も指摘していない。トーマス・マン、アドルノ、ダールハウスらヴァグナー論の大御所達の仕事の御蔭。この曲自体が私には大きな難関だったがカラヤン論を書く上で少しでも音楽の知見の上で前進できたのは嬉しい。私は何もモリカケや朝日や小泉氏への直言だけ書いているわけではない(笑) さあ、次は会田先生の『破綻するアメリカ』を今日から明日に読破してしまいたい。外では鶯。部屋には夕暮れの微風。酒は8時からか。

【心の葛藤】

 正午を回りようやく新聞原稿と資料の読込みを終えたので気晴らしを兼ねスーパーに買出しに出た。問題は今日の昼飯だ。途中に洒落た喫茶店やら地魚を出す店やらがある。食材を買って家で食うか、途中立ち寄るかの葛藤が続く。海の青、空の青は相変らず突き抜けるように美しく、足元を見れば三日月のような子バッタが飛び、大小の蟻が忙しそうに動き回っている。優柔不断な私は例によって迷いの内にスーパーに着いてしまった。いなだとタコ、豆腐や豚ロース。やはりハイボールには耐え難くビールを買う。早く夜が来ないかな。経費節減のため、蕎麦は安いのに換え、いなだも一番小さなのにし、榮太樓のみつ豆は見送った。さて、時間も経った、今日の昼だけは外で焼きカレーでも食うか。ところが会計を済ませたら持ち合わせが足りないのであった。心の葛藤は瞬時に止んだ。貧しき者は幸い也。帰宅して豚ソテーとパルジファル。