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【異次元の戦いへ】

修善寺と下田に遊び、昨日伊豆の自宅に戻った。疲れが浮かび上がり、倦怠著しい。暫く休んだ方がいいが、今日には東京に戻らねばならない。政局の仕事が入っている。
 束の間の湯治の間も雑誌原稿二本の仕上が入った。
 徹底検証安倍政治の功罪の執筆、その後の二つの雑誌原稿の仕事から私は全く次元の違う仕事に入った。
 安倍政権は日本が戦える土台を築いた。四面楚歌の上、伝統保守の立場から言えば獅子身中の虫だらけで、よくもまあここまで辿り着いたものだ。が、ここからは愈々熾烈な正面戦を戦わねば、安倍政権の後、日本は大崩壊へと進む。
 そこで私も最重要、死活的な幾つかの主題で、愈々次元の違う戦いを発動せねばならない。
 思想家としての仕事が根本に来る。一にも二にもそこが鍵となる。また主戦場はもう日本ではない。
 ……え? 総裁選? 石破さん? いつの話しているの、時代はもう明日に向けて走りはじめている。
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【日録】

LGBTについての草稿ができた。情け容赦なく事の本質を抉り出した。私の「お付き合い」の季節は安倍氏三選と共に完全に終わる。思想的な吟味に戻るということは根底的な戦いに入る事を意味する。左右共に思想の汚れと知能の低下がひどく、日本の為にも人類の為にも放置しておけない。マルクスレーニン主義が100年以上に渡り何十億の人類に大迷惑をかけた災厄を思え。日本は破滅の地雷が張り巡らされ、持ち時間は少ない。処理せねば途方もない事が起きるとわかったまま放置はできない。一人で戦う。

『徹底検証安倍政権の功罪』

『徹底検証安倍政権の功罪』(悟空出版)が仕上がりました。
 安倍政権の5年8ケ月を経済・安全保障・外交を軸に、そのなした仕事を客観的に整理して叙述すると共に、プラス面マイナス面を忌憚なく論評しました。
 国家を心に体して取り組んだ仕事です。
 写真は、徹底検証本で、いつも全面的に調べ事を担当してくれている平よお、橋本三千夫と。2人の献身的な取り組みがなければ短期間に広大な領域の政治的業績を俯瞰する事は到底不可能でした。
 それにしても歴史的、奇跡的な、日本近代史上でも空前の政権です。
 本書によって安倍政権と正面から対峙することで、明日の日本を考える仕事へと、私自身が何よりも大きなヒントと力を得ました。
 ぜひ多くの皆さんに読んでいただき、生産的な、また公正な議論(笑)が多く交わされるきっかけとならんことを。

画像に含まれている可能性があるもの:橋本 美千夫さん、小川 榮太郎さん、タイラ ヨオさん、立ってる(複数の人)、眼鏡


【日録】

東京を離れ、温泉場に来た。執筆直後の過労と虚脱も癒え、久しぶりに寛いでゐる。月刊誌のゲラと〆切前の稿は持ち込んでゐるが峠を越してゐて、もう書くのが楽しみな段階だし、早朝の執筆を休むと心身共に具合が悪くなるので仕事はあつた方がいい。カークの『保守主義の精神』にはすつかり傾倒してゐる。この先で私が新しい人類史的な叡智を加へ、大きく指針を提供する仕事をできるだらうと思ふ。安倍外交時代の保守思想家の役割と言つてよい、これはその内段々明らかにする。
 自宅に戻り次第年内は又徹底的な研究執筆三昧となる。気力を養ひ、まづは文明論、戦争論、政治思想、そして江戸思想の主要な仕事を批判的に読み込む仕事が続く。社会的にも三年後といふゴールから逆算した国家安泰の為に絶対不可欠な仕事を明確化せねばならない。

【日録】

月刊誌の原稿、駆け込みで入稿した。まだ一つある。それから新聞も約束が滞っているものがある。しかし今日はカラヤン論、源氏読書、カーク『保守主義の精神』の集中読み。私が考え、短いもので書いてきた事を丁寧に英米史の中で展開してくれている。日本の保守派にとって裨益するところ大、極めて重要な一冊だ。私が数十年重ねてきた読書、執筆生活、この数年の政治社会的な仕事で直面する異様な言論や思想や政治空間の歪み――その中から次の仕事の核心となるだろうと考えてきたところが、余すところなく叙述されているとさえ言いたい。私の仕事の柱は、当面、日―英米の比較思想的な仕事の仕方になりそうだ。極力社会的な負担を省きたい。

【読売新聞】

読売新聞を読んでいて思わず噴き出した。「北京のある専門家は北朝鮮の建国70年行事で軍事パレードが行われる可能性に触れ、「習近平氏が正恩氏とひな壇に並び、弾道ミサイルを見る事態は避けるべきだ」と主張した」そりゃそうだよなあ(笑) 
書評欄を見ると大江健三郎全小説が配本開始との事で、結構な話だが、宮下志朗氏の書評に全く「批評」がない。賛辞と紹介だ。「セヴンティーン」「洪水は我が魂に及び」「燃え上がる緑の木」を時代の予兆として褒めても仕方ない。時代の予兆などハリウッド映画にもスピリッツにも幾らでもある。私はセヴンティーンと洪水は云々を『天皇の平和 九条の平和』で批判した。短いものだが、大江論に従来欠落し、しかしそこが欠落してたらおしめえよといふ事を書いたつもりだ。短い文章でも批評がないのでは署名付きの文章を読む意味がない。
 今日の読売書評には三浦瑠璃さんのヒラリー・クリントン「何がおきたのか」の書評も出ているが、これもヒラリー絶賛の信条告白で批評ではない。「正義感の塊」というストレートな肖像をそのまま垂れ流す書評はないだろう。その正義感で彼女は一体何をしてきたのか。何を目指していたのか。女性初の大統領の可能性を目指した複合的な動機は何だったのか。批評的に扱うに十分な対象だ。私もある政治家を絶賛ばかりしていると揶揄、軽蔑される事が多いが(笑)、特殊な政治状況で書かれた『約束の日』『国家の命運』を除けば、批評的な含みを充分に持たせて書いている。

【随感】

私は、社会問題も政治問題も、実は興味がない。注意深く私の書いたものを読んでいただければわかってもらえるだろうと思う。私に興味があるのは偉大なものと美しいものだけだ。当然私には「日本」はその偉大な歴史、生み出した思想と美によって、また我が祖国として、大切極まる存在だから、日本の存亡には最も深い関心がある。私が政治を論じるのは国家存亡への私にしかできない関与の目的でしかない。
 偉大なものと美しいもののみに関心があるので、必然的に私の向かう領域は歴史、藝術、思想、女性という事になる。
 某月刊誌の初稿を終えた。カラヤン論に入る。

【日録】

昨日は3時から呑み始め、9時半で終了、早々と寝た。今朝は月刊誌原稿、カラヤン論の完成。源氏物語、カーク『保守主義の精神』の読み進め。愈々私の国家論、文明論、人間論を、様々な形で稿にしてゆく事になる。この3年視聴者の会、森友加計、朝日訴訟と大変な回り道をしたものだが、全て国の為には意味のある戦いだったし、私自身も人生上の教訓を得た。後悔はしていないが、本当の仕事に気持ちは急くばかりだ。
 日本の国家と文明、道徳、人間観を再建しないと本当に日本は間に合わなくなる。中国の暴走も着地点を提示できるのは日本の叡智の思想的結晶化と強国としての復活だけだ。私の仕事はそこに照準を当ててゆく。

J-CPAC2018

昨年は登壇者として参加しましたが、今年は私も主軸となってお手伝いする所存です。
なぜか? 世界史の新しい危機=チャンスの局面で日米が保守思想、世界戦略、知的、政経的な人脈交流を深めることは死活的に重要だと思うからです。
 詳細が前に進む都度お知らせします。
画像に含まれている可能性があるもの:3人、テキスト

『徹底検証 安倍政権の功罪』

拙著『徹底検証 安倍政権の功罪』悟空出版が9月3日に発売されます。
5年8ヶ月の安倍政権の全体像、そのプラス面とマイナス面をできるだけ「正直、公平」(笑)に描きました。
安倍政治の全貌の持つ圧倒的なパワーを高く評価する一方、積み残しの課題、政治的な不作為や過ちと私が考える点は辛口に論評しました。
安倍氏三選後は日本の存亡を賭けた戦いを三年で始末しなければなりません。だからこそ政権スタッフには耳が痛い直言がかなり多く含まれます。
安倍政権は奇跡でしたが、未完の奇跡です。米中逆転をさえ目論む隣国を長期にわたり抑え込む奇跡に持ち込む――三期目の安倍氏にはそれが求められているのです。

【不条理】

硬質に輝く翅が黒光りしており、サイズも同じくらいなのに、高値で売買され子供の憧れになる虫と、蛇蝎の如く嫌われ、〈〇〇ホイホイ〉やら〈〇〇グッバイ〉やらを仕掛けられ、人前に出てこようものなら、絶叫の中家族総出で叩き殺される虫がいる。
この不条理を法整備して解消しなくていいのか。
いや、それよりも脳を改造して、人類がこの虫に美を感じ、憧れるようにしなくていいのか。
かの虫のかさこそいう音が、最近、私の耳にはme-too、me-tooというリフレインに聞こえてくるのは気のせいだろうか。
勿論、だからと言って私の行動がいささかも変わるものではない。音を聞きつけたが最後、私は血眼になって正体を探り出し、絶叫して妻を呼び、部屋中を転げまわりながら叩き殺す。
そしてはっと我に返り、新聞紙に惨殺死体を包んだ後呟くのだ。
「殺したのは俺じゃない、俺の脳だ。反応したくないのに脳が反応するのだから、本当の被害者は俺なんだ。俺は君に傷つき、まるで本能の様に君を殺した事にも傷ついた。社会よ、国よ、この二重の心の傷を保障してくれ。me-too!」

【日録】

今日はすっかり勉強モードに戻れた。カラヤン論、月刊誌口述、源氏物語、カークの『保守主義の精神』もだいぶ読み進めた。日本の再建にも大いに参考になるが疲れた。気晴らしに何を読もうかと迷ったが荷風の『つゆのあとさき』を久し振りに読み始めた。市ヶ谷に住み銀座に通ふ「みだら」な女給君江が主人公。昭和6年、共産党弾圧、浜口雄幸暗殺、満州事変、五一五といふ世相も何のその、君江の内腿のほくろの話から始まり、男との金と性のやり取り、つひには一晩三人の男を連ちやんするやうな怪しからん話が次から次へと繰り出される。共産党検挙が続く最中だが、バーの名前にレーニンといふのがあつたりして昭和初期の東京の雰囲気がよく分る。といふわけで布団で読みながら寝てしまはうと思ふ。歴史を少しでも正確に描かうとする時には文学への幅広い造詣が不可欠なのは、かうした空気感を知らないととんでもない遠近法になつてしまふから。

【カークからの雑感】

最近「戦後変態知的劣弱仮名遣ひ」で妥協してゐたが、今日は久し振りに「正統表記」で記す。執筆後の虚脱からやうやく本式に復調してきた。昨日はカラヤン論に戻れた。今朝は『源氏』少女読み進めから。今日は月刊誌原稿口述、カラヤン論の完成を急ぐ。
カークの『保守主義の精神』は順調に読み進めてゐる。大体私が馴染んできた先輩たちの議論、私自身が展開してきた議論が英米保守思想家の丁寧な振り返りで論じられてゐる。ただし最大の違ひはキリスト教が前面に来ることだ。まさにここをどうするのかを私の先輩たちは考へ、私たち後世に託したのだが、誰も真面目に仕事をしてゐないので、私がこれから4年できちんと先輩の仕事を継がうと思ふ。ここを学術的に、でなく自分の、また日本の生命線として取り組む血脈が途絶えると日本は終るからだ。柳田國男と折口信夫は西洋との比較の道でなく、日本人の神の問題そのものを、一方私の直接の先輩たちは、例へば河上徹太郎なら『日本のアウトサイダー』で、小林秀雄は『考へるヒント』『本居宣長』で、福田恆存は広く日本社会と取り組み続けた文業総体の中で、日本人の神学、正統の問題をそれぞれに辿らうとした。愈々このテーマに私も体当りする。政治的にも大変な3年が待つてゐるのが悩ましいが、仕方がない。暮れてなほ命の限り蝉時雨と宣うた大先輩がゐるが、私はまだ51才なので命の限り朝の油蝉をやらうと思ふ。こいつは五月蠅いよ(笑)

【終わったぞ、始めよう】

自民党総裁選も始まる前に事実上終り、心血注いだ私の著書の仕上も終わった。虚脱状態も終わった。
今日から全力モードに戻る。
 総裁選は事実上9月11日から13日の安倍氏不在の間にこそ決定的に終了するだろうが、日本の存亡を賭けた戦いの「本丸」は10月から始まる。ここまで5年8ヶ月の安倍氏の日本応急手当は奇跡の手腕だが、長期的な「真の」害虫駆除と蘇生はこれからだ。
 一方、私は「アメリカ」と本格的に取り組む。縁が全てそちらを向いている。縁尋機妙。私の人生は全てその機微で進んできた。自分から無理して得た地位も金も名声も一つもない。激浪はしばしばあったが偽物は去り、本物が残る。何も残らねばそれも結構。
カークの『保守とは何か』に今日から本格的に取り組む。江戸思想も。江戸の基軸となるイデオロギーを明確にしながらその多様性を探ってゆく予定。今の私の勉強量では近代日本の成立に結びつける構想は当然全く手が出ないが、とにかく体当りを始める。まずは武士道の成立を幾つかの相で見てゆかねばならない。素人の私が言うのは失礼だが、思想史を描く時の着眼が私に近い若尾政希氏『「太平記読み」の時代』に取り掛かる。新渡戸の武士道は食指をそそられた事がない本だがとりあえず読まねば。

【反安倍の針はどこを向いている?】

外国からの工作の基本的なセオリーは現状に不平を持つ(日の当たる場所に出られそうにない)政治家や言論人を取り込む事だ。自覚的に取り込まれる人と、無自覚に役割を演じさせられてゆく人がいる。
 反安倍に舵を切る政治家たち……古賀誠氏、山崎拓氏、小沢一郎氏、青木幹夫氏、極左化を続ける旧民主党の面々。メディア人は枚挙にいとまがない。
境界域の野田聖子氏、石破茂氏、小泉父子が転ぶか転ばぬか。
 執拗な反安倍の向かう針路は一体どこなのか。参考になる例を一つ上げておこう。
3年前の安保法制の嵐のような反対報道は皆さんもご記憶だろう。
実は、あの法案については、世界中の殆どの国、メディア(NYTはちょっとね(笑))、国連、ASEAN、EUを始め世界の主要な共同体が、一様に賛同したのだった。
 反対したのは日本の野党と朝日、毎日、テレビ各局……そして中国だけ。
 分ってます、偶然なんですよね。偶然の一致なんですよね。
よーくわかってますから、ご心配なく。

【雑感】

今朝は吉本隆明の対談集『思想の流儀と原則』読み始め。吉本は70年代に示した最高の達成(言語にとって~、実朝論等々)と冷戦後から最晩年に至るその言説の猥雑さの落差も含めきちんと対峙したい思想家。この対談集冒頭は鮎川信夫との「家族とは何か」。家族というものが、「必要なものっていうか、必然のものっていうのは、何ていうのかな、誰にとってもやりきれないんじゃないかっていうことがあるじゃない(笑)」(鮎川)
(笑)も含めて、ここに示されているバネこそが思想であり文学である。「感じ」を決して手放さずに「考え」を進める事が、今、論・文壇、ネット、政治、あらゆる所で全く欠如していて毎日うんざりする。
必要で必然「だから」やりきれないという両義性が人生の全ての局面を覆っている。ところが今は何事であれ、「必要だああああああああ」という人と「やりきれないいいいいいいい」という人とが、自分の内面をじっくり言語化もせずに、軽率、軽薄、浅薄、浅解、絶叫、罵詈雑言、断定、敵視、偶像崇拝、手前味噌、阿鼻叫喚、悪臭無類。
だから私は日本人はサルになったという。まあ先祖が尊いなら本卦返りした今の日本人は尊いという事になるか。「現代日本人」と言うご本尊を護摩でも焚いてお祀りしますか。

【今宵はまだやって来ぬか】

13時を回った。集団的飲酒権行使まで5時間余。まだかまだかと時計ばかり見ているが、見る頻度が上がると時の進みが遅くなる。人生の大いなる矛盾である。
今日は原稿など書く気は絶対にしないし、読書もうんざりだ。大体本なんか書く奴は物知りぶった嘘つきばかりだ。それは私が立場上よく知っている。嘘つきの言葉に付き合うくらいなら、女湯でも覗いて、お湯を掛けられ、通報され、狂気のように逃げ惑い、取っ組み合いの挙句逮捕され、朝日新聞にでかでかと報じられ、恥を満天に晒した方がましである(でもないか(笑))。
まあとにかく、何もやる気が出ないと言いたいのだ。
そこで仕方なく部屋の掃除を始めた所、埃、埃、埃、そして大小銘柄様々なウィスキーやら日本酒やら宝焼酎やらの空き瓶、足の踏み場もない新聞や怪しげなまでに山と積まれた紙資料、本、雑誌、クラブの領収書、解読不能な電話番号、メモ書きなどが散乱している。ここはソドムか、ゲエナか、この悪夢の跡は何としたことか。
さて掃除も後30分で終るだろう。その後の時間をどう過ごすか。多分どう過ごすかを考え続けている内に4時間くらいすぐ経つに違いない。果報は寝て待て(これも違うか(笑))。

【日録】

今日の昼に近刊に関する私の全工程が終了した。安倍政治の検証、膨大な範囲に関して500頁近い初稿を280頁まで圧縮して、通読可能な一般書とした。公正、あるいは率直を期した。今後の日本の為に資する為に評価すべきはしたが、逆に手厳しい箇所は相当手厳しい。賛否の雑な話のタネでなく、議論の生れる本でありたいと思っている。
 今、月刊誌のゲラも戻した。間歇的に昼寝をしたが虚脱感は大きい。ポワロを読み、冷奴と豆腐で呑み、晩に元気があればベートーヴェンを聴く予定。

【日録】

先ほど、近刊の最終ゲラの修正を戻した。顎が外れそうに疲れた。昨晩は9時に寝て今朝は6時半起床。この所やたらに寝るのは身心がバランスをとっているのだろう。今日は暫く娯楽本でも読みながら過ごし、夕方から月刊雑誌のゲラを見直す。月刊誌と新聞の原稿が八月中にまだあるとは言え、今日ようやく音楽批評の完成と思想の仕事に戻る目処が付いたことは嬉しい。

【日録】

終戦記念日も祈りから始まった。早朝から月刊誌原稿に取り組み、先ほど編集部に送付。近刊の最終ゲラの見直しも進めているが、ぎりぎりまで書きこみや訂正が嵩んだ為か、単純な誤記レベルのミスがまだ散見される。様々な意味で心血注いだ大切な仕事なのでいい加減に世に出すわけにはゆかない。脳圧が上がりっぱなしなので、これから散歩兼買物。帰宅後はまたゲラの見直しに入る。ポワロは一応書棚から取り出したが、読む暇があるかどうか。

【お休み】

結局終日原稿だった。明日の終戦記念日もそうなるだろう。夜は朝比奈隆指揮2001年のブルックナー第8交響曲から3,4楽章。こう身心が疲れているとフルトヴェングラーやチェリビダッケのような音楽的思考の塊は聴いていられない。素朴に音楽に体を預け、一体化しようとする朝比奈さんの無手勝流を久しぶりに心から堪能した。朝比奈94歳。90分弱を渾身の集中力と壮大さで歌いきる。一年後に亡くなるがこの演奏には死の予感はない。ポワロでも読みながら寝るとしよう。明日も早朝から。

【日録】

昨日は「週刊正論プレミアム」のバーンスタイン論、今日は月刊誌の原稿のラフ稿仕上げ。消耗した。これから近刊の最終ゲラのチェックに入る。最後まで修正が膨大だったのでミスがあるのではないかと心配な為だが、序文2頁目にして早速発見した。明日も月刊誌原稿と近刊のゲラチェックになりそうだ。年内刊行を目指している指揮者論のカラヤン篇が後一歩のところで7月10日以来止まっているが、到底薔薇の騎士やサロメを聴く気にはなれない。暑くて散歩は無理、仕事が終ったら娯楽小説でも読むしかない。ポワロを何か見繕うか。
7月末で楽になると思い、8月10日の二稿ゲラ提出で楽になると思っていたが、16日まで消耗が続く。その後は月末まで暫く本当に隠れたい。8月、冬からの連載と来年の新刊の勉強に入りたかったがだいぶずれ込んだ。

【印象に残った本を少々】

著書完成後の虚脱状態が続くが、今日〆切、明日〆切の原稿が続く。明日の方はもう私自身が今出涸らし状態なのできつい。尤も物書きというのは大抵いつも出涸らし状態の中で必死に養分補給をしながら書き続けるのが宿命だから文句は言えない。
 今度の本は安倍政治の検証本だが、書影や発売日が確定したらご案内する。取り組みながら印象に残った本が幾つかある。思いつくままに挙げると、会田弘継氏『破綻するアメリカ』、山口敬之氏『暗闘』。
前者はアメリカ思想史を繙きながらトランプ現象を読み説き、アメリカの巨視的理解において水際立つ。後者は総理周辺に肉薄する取材力で安倍外交に迫りながら、実は「読み解き」そのものが非常に洞察力に満ちている。(日ロ交渉については山口氏の所説と私は大きく異なるが)ただし、山口氏のは執筆最終日頃に読んだので、氏の分析と拙著のそれが非常に近い場合、パクリでなく、私は私で独自に結論に辿り着いた事は言っておきたい。これは非常に興味深い現象だと思うからだ。
 政局バトルやコメンテーター型論壇ではなく、国策、政策への洞察力・筆力ベースで世論や政治動向に影響を与える論壇を復活させたいものである。

【日録】

虚脱状態にある。昨日近刊の再校ゲラの最終的な推敲がほぼ終わった。今回の本は書下ろしとしては、とりわけ力を入れて取り組んだ仕事。膨大な領域を覆う為、全領域の記述を正確にするだけでも困難だった。ぎりぎりまで平とみっちーが調べ事や註の点検をし続けてくれ、私の方も事実の表現と解釈とを修正し続けた。二人のマニアが支えてくれて初めて可能な仕事だ。
 今までの書下ろしの時のように霊魂が体から抜け出てしまうような危険な虚脱ではないが、さすがに呆然としている。部屋の掃除も無理だな(笑)
 今日はできるなら、ゲーテのウィルヘルムマイスターの遍歴時代。森友加計本の時さえ穴を開けなかった源氏読書を今度は二週間以上開けている。今日再開できれば。ゲーテの後、ヨーロッパの大古典を幾つか読みたかったけれど、秋からの仕事に差し障るので、ただちに江戸思想と保守思想の主要文献に集中する。指揮者論の完成もひたすら急がねばならない。

【日録】

今日の昼で近刊の最終稿を出版社に託す。ぎりぎりまで平とみっちーが重要な調査を重ねてくれ、幾つかの政策論の重要な輪郭が見えてきた。特に最後まで些か不明確だったのが北方領土問題、労働政策、佐藤政権時の集団的自衛権解釈などについての疑義だが昨日一気に視座が定まった。最後まで研ぎ澄まされた仕事に仕上げてゆきたい。膨大な領域の具体的記述と総括的な評価と読み易さ。三つを同時に狙っている。推敲、改稿を重ねて書き上げた後は私は自分の文章を読み直す事はない。江湖の評に委ねておしまい。
 明日から思想、文学へと回帰する。

【追悼文】

昨日津川さんに哀悼の意を表した。私が人の死に際して哀悼を表するのは極めて珍しい事だ。知友はそれなりに多く、また社会的知名の人の死に際して発言してゐてはきりがない。言葉として軽率な最期の御世辞めいた事を書くのはかへつて失礼で嫌なのである。雑誌媒体でも私は本来きちんとした追悼文を書くべき人達に書く予定がないと聞き、心を込めて全力で書いた二編――岡崎久彦さん、岡田英弘さんの二点だけだと思ふ。本を捧げた事があるのは、亡くなられて間もない時の三宅久之さんと亡父。あとは昨年の例の本での朝日新聞(笑)
追悼文といふのは昔は文士の大切な仕事だつたが、論・文壇ともにこの十五年か二十年、緩い、ひどい文章ばかり目にする。十年以上昔となつたが、私の世話になつた老舗のBB社の重鎮編集者Tさんと呑んでゐた時、折柄亡くなつた小林秀雄夫人への吉田秀和の追悼文を褒めた事がある。(小林と吉田は向い合せに住んでゐた)Tさん笑つて曰く、追悼文は一番簡単だからな、と。Tさんがとりわけ心服してゐた福田恆存は殆ど追悼文を書かない人だつた。吉田、中村ら友人の死を含めてさへ、小林の追悼文だけだと思ふ。極度の潔癖だ。三島の死にも何も書かず、関係者に複雑な思ひを残した。それだけに小林への追悼文は一際心に直接突き刺さる文章だ。ただし絶筆に大岡昇平を偲んだ文章がある。政治的に左右で長く対立し、一方的に絶交してきてゐた大岡が最晩年突然福田さんを訪ね、その直後、御不例の昭和天皇をいたはしいと書き、書いた直後天皇に先立ち亡くなつた……のではなかつたかと記憶する。若い頃、私にとつて巨人たちのさうした魂の劇を遠くから無限の憧憬をもつて眺めてゐたものだ。今ここが同じ国とはとてもとても……。
さて、私が津川さんの事を思はず書いたのは文中で触れたやうに、その居住まひがとりわけ驚くほど私に印象されたからだ。本心を言へばそれが全てと言つていい。
そして言ふまでもなく心に残る名優だつたからだ。
私が若年期に書いた追悼文も僅かだが、その中に俳優へのものとしては笠智衆、東野英治郎を悼んだものがある。後者は左派活動家でもあつたと記憶する。がここまで鬼気迫る、凄みのある、役者魂と技芸など、さうさうあるだらうか?
他の人がどう追悼しようと勿論私の関知する所でないが、「私にとつての津川さん」は、何よりもあの挙措動作の人であり、且つ性格俳優へと成熟していつた名優であつて、私は政治的な意味を込めて追悼を書いたのではない。
ベートーヴェンは共和主義者でヴァグナーは革命家で指名手配犯、その後一転して王様の庇護下で国家予算を濫費した政治的に極めていかがはしい人物たが、私は彼らの政治思想や政治行動を全く抜きにその藝術を愛してゐる。国粋派のポンコツ音楽家より革命家で不道徳な天才の方が私には無限に尊い。
 政治と文化は最も鋭くぶつかる。
 政治において私が評価するのは本物の政治的結果を出す人物だ。
 文化において私が評価するのは、本物の文化的結果を出す人物だ。
 私には大事な事なので一筆しておく。

【諸悪莫作・衆善奉行】

私が褒められた生き物でないことは、周囲の人間が誰も知る所だ。守っている道徳や矜持もごく素朴で初歩的な事に過ぎない。陰口を聞かない、私心で国政や人間関係やをかき混ぜることはしない、打算的な言動や日和見主義的な言動はしない。また、私は随分多く陰で誹謗中傷されたり干されたりしてきたが、私の側は報復しない。力の及ぶ範囲で自分より力が乏しい人を推挙して応援してあげる。
しかし人を信じてはいけない事をこの数年で痛切に実感した。それでもまだ気づくと信じすぎている。
政治の世界は嫉妬で動くとベテランの政治記者何人もから聞かされてきた。一方、私のライバルはプラトン以下歴史上の思想文学の先達なので、生きているそこらの人に嫉妬するという感覚がゼロである。その為、政治というものを根底では全く理解できないのだと思う。
人に勝とうとする生き方に対して、私の所属する世界は、自分の仕事を磨いてゆく生き方の世界だ。
処世の上では、ただ一つ、仏教の一つの究極「諸悪莫作・衆善奉行」のみだ。諸々の悪をなさず、良い事を行え、と。
子供でも分かるが、幾ら人生を生きても完全に実行するのは難しい。
その上最近は多様性と言って、何が善か、何が悪かについての愚劣な議論が氾濫する。一事が万事、死んでしまえばいいと思って眺めている。心のどこかで私は毎日呟きながら生きている、人類よ、さよなら、と。

【杉田議員】

 杉田議員の事を毎日書いたり、考えたりしている。前も書いたが私は彼女と付合いが長いわけでも親しくしてきたわけでもない。先日の対談本出版を機に話をする機会が増えた、電話番号の交換さえ二週間前の事だ。
 しかし、今度杉田バッシングと杉田パッシングが極左団体や左翼、左派マスコミのみならず、保守論客、維新、自民党にまで広がる中で、私は黙視に堪えず、発言し始めた。
 雑誌論文を書いたらバッシングされる。
 異常な社会である。
 その異常さに便乗して、生産性という言葉が悪いという言葉狩りに保守まで便乗する。
 差別主義者のレッテルを張る。
 自分はどんなに言葉遣いに気を付けて発言してきたというのだろうという人たちが人の言葉遣いにケチをつける。
 「安倍総裁に迷惑をかけた」と、安倍総裁に確かめる事もできない人達があちこちで吹聴する。
 自民党は党のLGBTの見解と違う、配慮が足りないと逃げを打つ。論文の指導など全体主義政党のやる事である上、政局的に最悪の判断である。NHKはこれを機に杉田叩きを始め、野田聖子氏がLGBTも総裁選の争点だなどと便乗し始めたのである。とんでもない脅迫メールがくるようになる。それを報道もしない。政局的に言えば「たかが一年生議員」の、それも雑誌論文だ。放置すれば消えていたのだ。
 しかもその自民党のLGBT論たるや噴飯物の与太議論である。
 こんなものを党の見解と称している保守系自民党議員は切腹しろと言いたい代物だ。
 安倍氏という筋を通す保守政治家の後にくる時代を想像するだに慄然とする思いだ。
 朝日がどう、NHKがどうではない。
 自民党内保守がどう、保守論壇がどう、という点で全く異常な時代がそこまで来ているという気がする。
 まずは近くきちんとした論文で事柄の全体を論じ、批判すべき人間の事は厳しく糾問するつもりだ。お楽しみに。

【安倍総理】

この所、安倍政権の検証本の最終仕上に入っており、その政治的全体像の巨大さに改めて感嘆している。控えめに言っても戦後最大。個々の点では手厳しく批判せざるを得ない事もあった(少し辛口すぎたかもしれない)が、6年前、世界情勢の中でもう間違いなかった「日本沈没」から日本を救い、その上で国の方向性を確立したのは間違いなく安倍総理であり安倍政治だ。この事を今回の検証で痛感した。
つい先日安倍総理とお話したが、思想信条の上での判断で筋を通し、政治的に本質からぶれず、政局観が正しい点に、いつも通り感服した。
本質から考える、筋を通す、ぶれない。そういう芯の強さと能力があるから政局も読める。政治的な筋の良い政局を作れる。
逆に、時流から考え、私情打算交じりで筋を通さず、だから個々の判断がいつもぶれ、政局を読み違える人が、政治家、論壇人を問わず大変多い。慨嘆せざるを得ない。
私は日頃誰と会ったとか誰と話したと投稿する事は余りないが、今回は思うところあり、一言記しておく。

【言論人としての私の矜持について】

 私は今連日杉田さんの事を書いている。私が、彼女の友達、あるいは政治的支持者だからと勘違いする人がいると困るが、私は彼女といわゆる「お友達」でも何でもない。昨年末初めて雑誌対談できちんと話をし、対談本を出そうという出版社の企画をお受けして、今年何度か談論風発し、共著を出した。
 議論は大いに楽しんだが、仕事でしかお会いしたことはない。互いに挨拶の機会などは以前からあったが、個人的に親しいとは言えない。
 親しいから弁護しているのでは全くない。
党派やお友達や偉い人の意向の忖度やその他、私は発言の自由をそういう何かに預けた事は一度もない。
 おかしな状況には知人だろうと未知の人だろうと、きちんとおかしいと声を上げること。左翼だろうが右翼だろうが、論文の中身で社会的制裁を受けるなどという事があれば、私は絶対に許さない。私は敵か味方かの話をしているのでは全くない。中身の可否を問うているのでもない。
 今、論文をリンチや指導の対象にしていいのかという重大な問を問うている。
 昭恵夫人叩きの時も私は――多分保守派で唯一――昭恵さんを強く弁護した。親しいからではない。私の理性と良心がそれを命じたからだ。
 今度、籠池佳茂さんと対談をした。親しいからではない。今、必要な事だと判断したからだ。
中で多少明らかにしているが、去年、まだ籠池理事長が反安倍に寝返る前、森友の補助金不正が明らかになる前に、籠池家の苦境を救うべく、私は陰で適切な弁護士探しに動いていた。私は籠池理事長とは会ったこともない。だが、保守が急に「私は籠池さんと関係ありません」と言い始め、逃げ始めたその卑怯さに義憤を感じたからだ。
 もし左派論客が極めて不当な社会的リンチを受けて私に応援を求めてきたら、私は擁護する。。
媚びず、ぶれず、発言の責任は自分一人で取る。ただそれだけ。
……おや、何かかっこよすぎる事書いてしまったな。夜8時以降の人格は先天性飲酒人格変性症候群の為、豹変する。そちらの方は責任はとらない。見かけたら見て見ぬふりをしてもらいたい。それも付け加えておく。