FC2ブログ

【日録】

昨日、伊豆の自宅を出て千葉の実家で母と過ごしている。今日は新聞原稿を二本書いた。注文を受けたわけでもないので、これから掲載してくれる媒体を探す。押売り文士だ。精々凄んでみせるとしよう(笑)
小堀桂一郎氏『和辻哲郎と昭和の悲劇』読了。和辻論とは言へず、その点期待と違ふ内容だったが、碩学の力作である。大正デモクラシー世代の精神史的暗部が主題。大正デモクラシーではなく、大正コミュニズムと呼称すべきだといふのが先生の主張。昭和初期のプロレタリア文学には明確な呼称があり、大正教養派はコミュニストと括れない問題があるが、戦中の右翼共産主義、戦後の左翼共産主義双方をこの世代が作り出したとの説はその通りだ。特に統帥権干犯と天皇機関説問題の懇切なる読み解きはまことの学問の姿かくあれかしという立派さだ。五一五、二二六批判、終戦後の折口の神敗れたまふ批判など手厳しい。私はこうは書けない。
熊沢蕃山『集義和書』日本の名著抄訳読了。これだけ鋭い哲学エッセーはモンテーニュ辺りはもとよりパスカルでも書けてゐまい。キリスト教の中にゐるからだ。蕃山は朱子学の中にも陽明学の中にも師匠の藤樹の中にもいない。変通自在だ。この自由と謙虚の同居は全く素晴らしい。
「大才は刀のようなもので、よく砥いで柄鞘をこしらえ、昼夜離さぬが、一生用いない。威力で無事だからである。小才は刀を朝夕用いるようなもので、人を害ない、我が身も害なって、無事の暇もない。現代の才は小才である。朝夕多忙で国家は無事でない。ついには国が破れ天下が乱れる。」
まあ平成30年の日本の政治・言論界は小才でさえないが。
これから貝塚茂樹『孟子』。蕃山『集義外書』へと引き続き。
スポンサーサイト



コメント

非公開コメント