FC2ブログ

【自己戯画化】

私は政論家ではなく、文学者である。偶々あまりにも時代の堕落が酷く、知識人の社会的、政治的発言がお粗末なので、政治に関与する事になったに過ぎず、昭和であれば精々福田恆存や江藤さん位の――保守の大御所との印象があるが、実際には具体的な政治論を彼らは殆ど書いていない。特に福田先生は――政治的発言に留まり、大半を文化、文藝、思想、歴史の領分の著述で過ごしたであろう。
 文学者としての私は小林、福田伝来のパセティックな文体を長年の修練で身に付けている一方で、若い時から調子に乗ってくると文学的躁状態に入り、自己戯画的な文章も書いてきた。この所の滑稽風な文章はそうした私の一面である。どなたかが太宰治ですか?と書いておられたが、なるほどそういわれれば、一寸近いものがあるだろう。ヴィヨンの妻と強烈な志賀への憎悪の爆発である遺書如是我聞を同時に書かざるを得ない体当たり的な言葉の爆発と自己滑稽化、優しさの同居は私のものでもある。自己戯画化と自己破壊は紙一重だ。私は彼のような自己破壊衝動はないが、大義による自死願望は確かにある。要するに、自己という小さなつまらないものへの徹底的な嘲笑と軽視が根底にはある。
 この戯画化の願望は私の自己を崇高化したがる資質と暗渠で繋がり、不安定で矛盾する内的な分裂によって物を考え、書く原動力になっているのかもしれない。
スポンサーサイト



コメント

非公開コメント