FC2ブログ

【最近感銘を受けた一文】

 村田春樹氏の次の一文「小和田恆という人」に強い感銘を受けた。氏は盾の会ご出身で、潔癖と断固たる行動の人だが、この小和田恆論は、凡百の風説と違い、講演の記録を通じて一人の人間を見詰める偏見なき透徹とした村田氏の眼光が光る。村田氏の人間的風韻を通じて小和田氏の在り方、生き方が浮かび上がる。多くの方々と分かち合いたい。

小和田恆という人 
長文です 御用とお急ぎでない方お読みください。

下記の講演会を受講しました。
【早稲田大学法学部主催講演会】「国際法65年の人生」小和田恆氏
日 程:2018年07月02日(月)16時30分−18時00分
会 場:早稲田大学 早稲田キャンパス8号館B107教室
講 師:元国際司法裁判所裁判官 小和田 恆 氏
参加費:無料
対 象:学生・大学院生・教職員・一般

畏友EM氏の誘いがあり、我々はEM氏・氏の細君・A嬢・B嬢・C嬢の計6人で参加した。

約150人収容の教室はほぼ満席、我々のような学外のオヤジおばさんは全部で10数人。

あとは学生であった。私は早めにいって最前列を確保、
定刻少し前に法学部長と担当の女性教授と共に小和田氏が入場した。
あまりの痩せ様に、一驚した。目はくぼみ目の周りは黒くなり、
顔色は悪く(黄疸?)気の毒だった。氏は、前から二番目に座っていたEM氏の前の席に座ろうとして、
EM氏に深々と頭を下げたのには、感心した。こういう振る舞いはなかなかできない。
EM氏に後から聞いたが恐縮したそうである。法学部長が簡単に挨拶して、
ピンマイクをつけた小和田氏が登壇。以下氏のお話のごくごく一部を紹介する。
じっさいは丁寧なですます調だったが簡略化した。(  )内は私の感想である。

私は体調を崩して入院していた、本来のスタイルで話す自信がない。
座って話すことを許されたい。(ここで用意されていたペットボトル
の水を飲もうして栓を開けようとされたが力がなくて開かない。
なかなか開かないので皆気をもんだが、
最前列の私が出て行って開けてあげた。軽く開いたが、こんな程度の力もないのか、と驚いた。)
今日は学術的な話ではなく、自分の人生の随想みたいな形になるかもしれない。
原稿もない。6月末に国際司法裁判所を退官した。
私は中学一年の歳に敗戦を迎えた。昭和26年に大学に入学。
まさにGHQの占領期間が少年時代だった、
このことから私は「日本は何をしなければならないのか。」
をひたすら考え、生涯の目標となった。
ケンブリッジの大学院に4年間留学したが、
実に実に生涯最高の日々だった。
東京大学で国際法を横田喜三郎先生に学んだが、
ケンブリッジに行って見て、それは生きた国際法ではなかったことに気づいた。
ケンブリッジでこれが本当の国際法だ!と言うことを学んだ
(このあと終盤でもう一度横田喜三郎をはっきりと批判否定した。)
私は研究と実践両方をやってきたことになる。
振り返ると公務員として外交官として30年、
アカデミズム(大学教授)として20年、(ケンブリッジ・早稲田等で教授、)
司法裁判所15年(うち3年は所長)自分が日本のために何ができるかを常に考えてきたが、
65年でひとつの幕が閉じたと思う。わたしは海洋法条約とつきあってきた。
日本の利益をいかに最大化するかが使命だった。
アカデミズムでは好きなことを言えるが影響力は限られていた。
司法裁判所では40-50の判決に関わった。
所長の時は10いくつだった。3つ具体例を挙げる。
1,ベルギーとセネガルの拷問事件,
2,ドイツとイタリアの主権免除事件(いずれも専門的でよくわからないので省略するが、
2,のドイツとイタリアの主権免除事件については文末の注参照)
3,日豪捕鯨事件である。これは判事12人対4人で日本が敗訴したが、
私は日本を支持した。日本は捕鯨条約に違反していない。
鯨が減少していると言うことを立証する責任は日本にはなく豪州にある。
承服できない。(ここでほんの少しだが感情がお顔に出ていて捕鯨批判に憤っておるようだった)
以下若い人たちに申しあげたい。
みなさんはこれからビジネス、アカデミズム、ジャーナリズム、
公務員として生きていくのだろうが、
法律条文の背後に横たわっているものを見つめることが大事。
何をやるにしても初心を忘れてはいけない。
ところで文部省の言うゆとり教育ほど馬鹿げたものはない、
材料をあてがわず時間をあてがうなんて馬鹿なことがあるか。
(上品な口から馬鹿いういことばが二回も出てきたのには少し驚いた。)
若い皆さんは他流試合をしなさい。具体的にはどんどん外国に留学して
、国際的な説得力を身につけてほしい。国際裁判所では私のアイデアだったが、
15人の裁判官に一人ずつ若手をつけることにした。
いわゆるロー・クラークです。この仕事は裁判官見習いみたいなものです。
このキャリアは国際法の世界では大いに役立つと思う。
実際に200倍の応募があった。この200倍は全部第一希望であり。
滑り止めとかそういうものはない。従ってものすごく優秀な人が入って来て雇用された。

残念ながら当初は日本人が皆無で中国人が多かった。
しかしここにきて一人日本人が採用された。
早稲田大学から東大の大学院で博士号を取った人で、
雇用してみると実に優秀だった、みなさんの先輩ですよ。
ところで今日この講演を引き受けたのは。
私は早稲田に足かけ5年教鞭をとっていて、
いわば一宿一飯の義理があるからです。
グローバリゼーションと国際化は違う、
国際化とは幕末の開国~明治維新を指す。
西欧諸外国は200ボルト、そのまま国内の100ボルトと連結してしまうと
日本はおかしくなってしまう。当時の指導者は変圧器を苦心惨憺して作って
日本を近代化した。グロバリゼーションとは変圧器を入れず
そのまま一つの世界を構成してしまうことであり、主権国家は消滅する運命になる。

氏はなぜかペットボトルの栓を開けた私の方を見つめてお話されるので
(私の背後にいた美女を見つめていたと言う人もいる)
私は姿勢を崩せずつらかったが、話が面白く、しかも知的雰囲気にあふれていて、
何十年ぶり(初めて)に本当の碩学を間近に見て興奮してしまった。
一時間20分ほどで終わり男子学生が二人質問した。
一人は「先ほど先生は正義の実現とおっしゃらずにジャスティスとおっしゃったが。」

という質問に氏は、良い質問だとして実に丁寧に回答された。
拍手大喝采で終わった。じつに得がたい体験だった。
周囲も、皇太子の岳父なんてことは微塵も意識していなかった。
優秀な学生が真摯に碩学に学ぶという空気が充ち満ちていた。
私の母校のレベルが往事とは格段に異なることを感じた。
私は氏に誠実さを感じた、そして若い人への真摯な期待。
そして意外だったのは横田喜三郎と反捕鯨とゆとり教育とグローバリゼーションへの批判である。
氏は今後健康上や岳父という立場上、政治的な発言をしないだろうが、
もし、自由なお立場であったら、小田村四郎先生や三好達先生のような人物になったのではないだろうか。
右とか左とかそういうレベルではない。田中美知太郎や岡潔両先生も、
このような雰囲気を持っていたのではないだろうか。
現今日本で最高の知性が目の前にいて、ペットボトルの栓を開けたということは、
我が人生の大きな自慢の一つになる。
余談だが6時に終わり、まだ日が高いので、
同行の美女連と早稲田大学大隈庭園の中にある瀟洒な
教職員専用レストランでビールとワインを楽しんだ。
私には常にこういう艶やかなおまけがなぜかついて回るのだ(笑)  以上


現在韓国の最高裁で、新日鉄や三菱重工の朝鮮人徴用工賠償が争われている。
もし日本企業に賠償命令が出た場合、日本企業は支払いに応じないと言っている。
(株主総会でここ数年毎回村田が確認済み)
しかしもし応じなかったら、その企業の在韓国の資産を差し押さえられるかもしれない。

その懸念がある。しかし万一そうなった場合に、このドイツと
イタリアの国際司法裁判の判例が生きてくるかもしれない。(素人の村田の勝手な感想です)

スポンサーサイト



コメント

非公開コメント