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杉田水脈さんとの対談『民主主義の敵』の一節

 杉田水脈さんとの対談『民主主義の敵』の一節をご紹介します。余りにも議論の本質からかけ離れた杉田バッシングが多いようです。ちょっと長いけど、こういう議論をしている本なんです。ぜひご購読ください。今の戦いの本質は極めて危険な思想戦です。党派的な議論や一知半解な議論はやめて少し勉強と思索をしてから参加ください。

杉田●私だっていろんな経験をしています。腕を引っ張られてホテルに引きずり込まれそうになったこともありますけど、そのときに行かなかったからいまの人生があるとするなら、やっぱり行かなくてよかったって思えるわけですよ。
小川●そうです、そうです。
杉田●逆にね、誘いに乗って役をもらったから、あとあと後悔することだってある。でも私なら、断って干されて「Me Too」をやったほうが絶対にいいと思うんですよね。
小川●「Me Too」っていうなら、それで得た利得をぜんぶ還元しないとね。
杉田●そうそうそうそう。
小川●それは男と女に限らないんです。子供と大人もそうだし、上司と部下もそう。友だちどうしだってそうですよ。つまり人間関係というのは、基本的に全てハラスメントだと私はいうんです。だって自分と違う感覚、価値観の人間が接触しあうんですよ。一言一言カチンとくるのは当然。その上体臭もあれば、家族ならいびきや屁にも我慢しなければならない(笑)。それをお互いが調整したり、トラブルを超えて友情を育んだり愛を育んだりするわけでしょう? 夫婦関係なんか、まさにそうですよね。
 結婚するときはだいたい、美辞麗句を並び立ててプロポーズするわけですよ。だけどすぐに不満になりますよね。そういうことが経験であり人生であるわけです。
 逆にハラスメントなんていっさい経験がなくて「ああ、これが幸せな人生だ」ってあるのですかね。
 ハラスメントを受けて手を引っ張られた水脈さんが、断ったときにいまここにいる水脈さんになるんです。もしも引きずられたままなら、別の「何とかさん」になっていたかもしれない。で、その「何とかさん」はそれなりに、また別の道を切りひらいているかもしれない。
杉田●ああ、絶対にいると思う。
小川●ね、そうした対人関係の選択です。ハラスメントという概念である固有の人間関係を全部排除したら、そうした選択もなくなるのです。手を引張られてついていったなんとかさんは、それはそれでもしかしたらいまでは大女優になっていたかもしれない。だれもそれを軽蔑する事なんてできません。。
杉田●ないないない。それが人生なんですよ、自分が選択した。
小川●セクハラなしにマリリン・モンローが存在し得たのだろうか。モンローの不幸とモンローの偉大さは同じコインの両面なんですよ。
 私が嫌なのは、本質的な人生哲学的な問題を、人権やある種の政治イデオロギーに還元することなのです。それは人間性に対する最も手ひどい侮辱なんですよ。
 だからもしね、セクハラという言葉に該当するようなひどい男の嫌がらせの相談を女性からされたとしたら、水脈さんは男のところに乗り込んで行って「あんた、どこまでくさった男なのよ!」っていうタイプでしょう?(笑)。
杉田●そう(笑)。
小川●それに比べて「Me Too」なんていってる連中は、相手の立場や身分が上だったりしたらね、自分はいわずに「朝日新聞」に書かせる(笑)。
杉田:ああ、そうだね(笑)。
小川●だから多くの人が水脈さんのファンになるのは、人生の問題は人生を賭けて戦うという人間性が感じられるからですよ。

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