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【追悼文】

昨日津川さんに哀悼の意を表した。私が人の死に際して哀悼を表するのは極めて珍しい事だ。知友はそれなりに多く、また社会的知名の人の死に際して発言してゐてはきりがない。言葉として軽率な最期の御世辞めいた事を書くのはかへつて失礼で嫌なのである。雑誌媒体でも私は本来きちんとした追悼文を書くべき人達に書く予定がないと聞き、心を込めて全力で書いた二編――岡崎久彦さん、岡田英弘さんの二点だけだと思ふ。本を捧げた事があるのは、亡くなられて間もない時の三宅久之さんと亡父。あとは昨年の例の本での朝日新聞(笑)
追悼文といふのは昔は文士の大切な仕事だつたが、論・文壇ともにこの十五年か二十年、緩い、ひどい文章ばかり目にする。十年以上昔となつたが、私の世話になつた老舗のBB社の重鎮編集者Tさんと呑んでゐた時、折柄亡くなつた小林秀雄夫人への吉田秀和の追悼文を褒めた事がある。(小林と吉田は向い合せに住んでゐた)Tさん笑つて曰く、追悼文は一番簡単だからな、と。Tさんがとりわけ心服してゐた福田恆存は殆ど追悼文を書かない人だつた。吉田、中村ら友人の死を含めてさへ、小林の追悼文だけだと思ふ。極度の潔癖だ。三島の死にも何も書かず、関係者に複雑な思ひを残した。それだけに小林への追悼文は一際心に直接突き刺さる文章だ。ただし絶筆に大岡昇平を偲んだ文章がある。政治的に左右で長く対立し、一方的に絶交してきてゐた大岡が最晩年突然福田さんを訪ね、その直後、御不例の昭和天皇をいたはしいと書き、書いた直後天皇に先立ち亡くなつた……のではなかつたかと記憶する。若い頃、私にとつて巨人たちのさうした魂の劇を遠くから無限の憧憬をもつて眺めてゐたものだ。今ここが同じ国とはとてもとても……。
さて、私が津川さんの事を思はず書いたのは文中で触れたやうに、その居住まひがとりわけ驚くほど私に印象されたからだ。本心を言へばそれが全てと言つていい。
そして言ふまでもなく心に残る名優だつたからだ。
私が若年期に書いた追悼文も僅かだが、その中に俳優へのものとしては笠智衆、東野英治郎を悼んだものがある。後者は左派活動家でもあつたと記憶する。がここまで鬼気迫る、凄みのある、役者魂と技芸など、さうさうあるだらうか?
他の人がどう追悼しようと勿論私の関知する所でないが、「私にとつての津川さん」は、何よりもあの挙措動作の人であり、且つ性格俳優へと成熟していつた名優であつて、私は政治的な意味を込めて追悼を書いたのではない。
ベートーヴェンは共和主義者でヴァグナーは革命家で指名手配犯、その後一転して王様の庇護下で国家予算を濫費した政治的に極めていかがはしい人物たが、私は彼らの政治思想や政治行動を全く抜きにその藝術を愛してゐる。国粋派のポンコツ音楽家より革命家で不道徳な天才の方が私には無限に尊い。
 政治と文化は最も鋭くぶつかる。
 政治において私が評価するのは本物の政治的結果を出す人物だ。
 文化において私が評価するのは、本物の文化的結果を出す人物だ。
 私には大事な事なので一筆しておく。
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