FC2ブログ

【読売新聞】

読売新聞を読んでいて思わず噴き出した。「北京のある専門家は北朝鮮の建国70年行事で軍事パレードが行われる可能性に触れ、「習近平氏が正恩氏とひな壇に並び、弾道ミサイルを見る事態は避けるべきだ」と主張した」そりゃそうだよなあ(笑) 
書評欄を見ると大江健三郎全小説が配本開始との事で、結構な話だが、宮下志朗氏の書評に全く「批評」がない。賛辞と紹介だ。「セヴンティーン」「洪水は我が魂に及び」「燃え上がる緑の木」を時代の予兆として褒めても仕方ない。時代の予兆などハリウッド映画にもスピリッツにも幾らでもある。私はセヴンティーンと洪水は云々を『天皇の平和 九条の平和』で批判した。短いものだが、大江論に従来欠落し、しかしそこが欠落してたらおしめえよといふ事を書いたつもりだ。短い文章でも批評がないのでは署名付きの文章を読む意味がない。
 今日の読売書評には三浦瑠璃さんのヒラリー・クリントン「何がおきたのか」の書評も出ているが、これもヒラリー絶賛の信条告白で批評ではない。「正義感の塊」というストレートな肖像をそのまま垂れ流す書評はないだろう。その正義感で彼女は一体何をしてきたのか。何を目指していたのか。女性初の大統領の可能性を目指した複合的な動機は何だったのか。批評的に扱うに十分な対象だ。私もある政治家を絶賛ばかりしていると揶揄、軽蔑される事が多いが(笑)、特殊な政治状況で書かれた『約束の日』『国家の命運』を除けば、批評的な含みを充分に持たせて書いている。
スポンサーサイト



コメント

非公開コメント