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【新潮社役員諸氏および日本の言論界の全構成員諸君へ】

新潮社長のコメントを受け、新潮45編集部の処分を求めるような声が一部に出ているが言語道断の度が過ぎよう。そんな事のないよう予め強く警告しておく。根拠は以下の如し。
 今回の新潮45は関係論文7本を掲載している。藤岡氏は生産性を巡る専門的議論、八幡氏は政治家杉田水脈論、同性愛の方二人にも登場してもらっている。KAZUYA君は「寛容を求める不寛容な人々」、潮正人氏はNHK批判。LGBT差別なる非難に全く該当しようのない編集方針ではないか。
 唯一非難轟々になったのは私のエセーだ。話にならない水準の誤読ばかりで閉口するがそれは今は措く。今回の原稿は編集部の注文とは別内容を勝手に私が書いた。編集部は多様な言論を尊重して、拙エセーを注文の方向に直すよう要求せず、あえて掲載してくれたのである。今度初めて私を担当してくれた編集者某氏はやり取り一月、卓越した知性と教養、並外れた誠意の持ち主でまさに文藝の新潮にふさわしい優れた人材だ。多様性を担保しようとする編集部を処分するなど、絶対あってはならない。そんな事になれば、朝日新聞による私への5000万円訴訟同様、文字通り言論の自由の大前提が完全に崩れる大きな一歩となるだろう。
 「処分」が必要だとすればそれは私だ。
 なぜなら問題になっているのは私の論文だけだからだ。
 新潮社には私を処分する権限はない。
 日本社会よ、私を「処分」したければするがいい。
 私はいつでも一人で原稿を書いてきた。編集部に責めを負わせるつもりは一切ない。今度の論文も全人生観と誠の表現をぶつけたもので、中身を存分に検討すれば豊かな思想世界へと人々を導き得る、自信の一作だ。愚劣な誤読の山が幾ら築かれようと作の価値は揺るがない。
日本社会から「処分」されれればされたで、私は隠遁してやりたい仕事が沢山ある。日本保守思想の歴史的展望、確立と、万葉、古今、新古今、連歌、芭蕉といふ日本詩史。小林・川端らのスクールバイオグラフィー。ゲーテ論、プラトン論。全て3から5年以上はかかる仕事だ。父、祖父の寿命が77才、78才。そこまで生きられたとしてさえ26年しか時間がない。「処分」の際は田舎で没後に来る私の時代の為の仕事をしますので、なさりたければどうぞご随意に。
 くれぐれも私の原稿という私的な責任領域の問題を、組織への責任に転嫁する恐怖・忖度・イデオロギー専制社会の到来そのものの危険な選択だけはしないよう強く望む。
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