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【日録】

日本書紀には、善心悪心という表記が出てくるが、和語では、それがしばしばきよき心、きたなき心と表記されているのはよく知られている。日本人は善悪の基準をきよさときたなさにおいてきた。
 荒波にもまれながら仕事をしてきた中で、私にささやかな誇りがあるとすれば、きよき心の持ち主の縁が重なる事だと言っていい。
 心は油断するとすぐ汚れる。
 毎日磨き続けなければならない。祓ひであり祈りであり禊である。
 今日はチェリビダッケ論、昼から友人と。夜は出版社の編集者との酒席。日本の文藝、日本の思想に愈々戻る。静かで集中した精神の時間を軸にした日々にしたい。
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