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【高松宮記念世界文化賞授賞式】

 高松宮記念世界文化賞授賞式に昨晩参じた。世界文化賞は事実上フジ産経グループが勧進元の藝術賞で、ノーベル賞を補完する分野、格式(常陸宮殿下が総裁、ご出席、日本顧問は中曽根康弘氏)、受賞者レベルともに世界最高水準の賞である。今年30周年だった。今年の受賞は音楽:リッカルド・ムーティ氏、演劇:カトリーヌ・ドヌーヴさん、彫刻:中谷芙二子氏、絵画:ピエール・アレシンスキー氏、建築:クリスチャン・ド・ポルバンパルク氏。私の専門である音楽部門は初回ピエール・ブーレーズ以来、リゲティ、グバイドゥリーナなど作曲家、バーンスタイン、ロストロポーヴィチ、バレンボイムなど演奏家、オスカー・ピーターソンなど非クラシックジャンルとバランスよく当代の名匠を網羅してきた。
この賞は世界的に権威ある賞に育っているが肝心の日本での周知が今一つだ。フジ産経の一社の賞のような扱いが日本のマスコミで続いている。他紙は殆ど報道もしない。正論大賞とか朝日賞とか毎日出版文化賞ならまだ分るが、世界文化賞は世界を代表する賞だ。こういう狭量さは何とかならないものか。
文化は国力である。皇室が総裁でノーベル賞にない分野を五部門も網羅する藝術賞は世界的にもないだろう。
単なるおめでたい賞でなく、授賞と批評がもっと鋭く対決しあい、侃々諤々の議論が日本で起き、それが世界に伝播してゆく――それが批評と創造の関係で、日本でも昭和までは各分野でそうした批評が機能していた。そうした批評と社会的懸賞の機能を向上させること――私の真の社会的野心はそこにある。
 今や政治的な、またツィッター的なガサツで断片的な言葉や評価ばかりが飛び交う野卑な日本である。
 言葉を重ねて人を説得する事も、人の文章を読む事も「難しい」。その「難しさ」を避けたがさつな人たちの党派争いや幼稚さこそ、私が真に戦っている敵だと知ってほしい。

画像に含まれている可能性があるもの:1人以上、室内

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