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【告知】

 私の論文を目して「常識を逸脱した偏見と認識不足に満ちた表現」として、人格・著作家としての小川榮太郎を全否定した、新潮社社長佐藤隆信氏と、雑誌『新潮』編集長矢野優氏に対して、月刊Hanada編集部にお願いし、正式に対談を申入れさせていただきます。
 ぜひ応じて頂きたく思い、この事実をあえて公表致しました。
 新潮社は一般の企業とは異なり、言論を預かり、表現の自由と表現者の人権・尊厳を守る砦です。自由民主社会・国民主権国家におけるその役割は死活的な重要性を帯びています。
 私は拙論文を「常識を逸脱した偏見と認識不足に満ちた表現」と全く考えず、またそう考えていない無数の読者の声がありますが、仮に佐藤氏、矢野氏の主張の通りの代物だったとしても、憲法21条の定める「表現の自由」は、ある表現の性格・評価を越えて日本社会の根底的規矩であると考えます。なぜなら、表現の性格・評価はまちまちであり得、そうであればこそ、表現への統制はある表現の性格・評価への社会的制裁や抹殺を契機になし崩しに齎される可能性が高いものだからです。
 新潮社は社歴百十二年、雑誌『新潮』は近代日本文学、とりわけ昭和戦後文学の最重要拠点であり、こうした根底的な問いと、経営者、編集者の判断や言説を切り離す事はできません。
 佐藤社長、矢野編集長は、言論の土台を保持する言論人の一人として、私と言葉において対峙していただきたい。
 何かというと法的措置を振り回したり、遠吠えのように人を差別主義者と罵る下品な現代の風潮にあえて抗し、私は近代文学の後裔にふさわしい言論での対話を申し出ます。
 一個の言論人として応じていただけるか否か――日本の言論界はつい二か月足らず前にこの問題で大騒ぎを演じました。ところが当事者である私は徹頭徹尾つんぼ桟敷に置かれ、今や問題さえなかったかのように消えてしまいました。無責任な喚きが雑誌を潰し、私を人間の屑のように罵った人の誰一人として、拙論が提起した同調圧力、性意識の不安定性、結婚伝統の死守などのテーマを継続して論じもしない。……
 こんな「言論の自由」、こんな「自由社会」があるでしょうか。
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