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【悩み】・【和辻博士の教育勅語観】

【悩み】和辻の日本倫理思想史の祖述から私の思想叙述が始まる。この仕事の性格をどう定めるか悩んでいる。小林の『考へるヒント』、河上の『有愁日記』が、私の批評のイメージの原型で、多年無数回愛読してきたものだ。真面目に私の『小林秀雄の後の~』を読んでもらへば、あれがこの二人の歴史・哲学エセーのスタイルを継承・発展させた点は認めてもらえるであろう。
 今回の思想史叙述もそれでゆければ勝手知ったる道なのだが、今回はそれでは私の果たしたい成果とならない。「思想史叙述こそが「思想」だ、近代日本では実はその自覚が思想家、文藝評論家、哲学者全てに欠落していたのではないか」という私が今度自覚するに至ったテーゼを実現するには、思想エセーでなく思想史的叙述として成立している必要があるからだ。カークの思想史叙述とニスベットの共同体論を一人でやったのが和辻。前者が日本倫理思想史で欧者が倫理学。勿論、前者だけなら唐木、山本健吉、小林、丸山、保田もやっている。だが、それらを思想史として位置付けて近代日本の知に一定の地図を描いた者がいない……
 だけど五十過ぎて思想史的追尾はなかなかキツイし、そもそもが一般的な意味での思想史叙述に私は興味がない。
 小林はベルグソン論でまさに思想そのものに批評の手法でチャレンジして挫折したが、文藝批評の方法をとりながらも、後世が思想史叙述の基礎研究として土台にし得る仕事は可能か。
 しかしとにかく始めてみませう。つべこべ言わずに二作、三作試作品を作りながら徐々にスタイルを定めたい。ただ、考へるヒント路線では駄目で、要するに小林節――私がやれば小川節の定型に持ち込むのは、考へるヒントⅠのやうにプラトンあり、井伏あり、諭吉ありならいいんだけど、考へるヒントⅡの江戸思想論になると、小林の論理に江戸思想を全部溶かし込んで金太郎飴になってしまう。今度の私のはその意味で小林の後の21章の方法は採れない。ここまでは明らか。

【和辻博士の教育勅語観】もし教育勅語を以て明治時代の倫理思想を代表させ得るとすれば、その特徴は古今東西に妥当すべき道を説くという点にあって、天皇尊崇とか忠孝とかを力説することではない。これはあの勅語の内容を平静に検討すれば解ることである。(日本倫理思想史上緒論初版本27頁)
 平泉澄とか渡部昇一先生とかが言うのならまあ予想された内容と言えるが和辻の発言となると意味が違う。岩波文化人としても近代日本の哲学者としても最も重視されてきた和辻だが、この最重要作は左右いずれの充分な検討のないまま今日に至っている。
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