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感想

月曜日、秋もすっかり深まり、今日も爽やかな快晴だ。
 月刊誌原稿の戻し、朝日への回答の完成、私のシンクタンクの為の挨拶やプレゼン資料などで早朝から仕事の山だ。今週後半からは思想文学の仕事に戻れると思う。
 昨晩は三島由紀夫と船橋聖一の対談、谷崎追悼を独酌で読んだ。谷崎ほどの大作家に対して国家的追悼がないこと、吉川英治ならば国民道徳のバックボーンになることで国民的作家とされるのに、谷崎はただ文学専一だからそう遇されないと慨嘆している。
 三島もまずその文学をきちんと読む人が増え、作品から三島に近付く人が増えないとどうしようもない。作家としての三島が、谷崎、川端を越えた、いや近代文学の総重量の中で、ダントツの何かだとは到底言えない。才能が類を絶して煌びやかで豊富なことと藝術の達成は必ずしも一致しない。今の日本で文藝を論じる人はそんな基本的な味読の経験もない人が多すぎる。
川端はあるところで、日本の小説は源氏、西鶴から鴎外、漱石というのは間違いで、秋声へと結実したと書いたことがある。豊饒の海前半二部が出た時、川端は源氏以来と書いた。
秋声と三島――この極度に対極的な作家のそれぞれの達成した言葉の芸術の意味を誰か論じたものがあったか。
いや、それ以前に、紅葉露伴からして、誰もきちんと、前者の江戸小説の継承、後者の文人文学の近代化の意味の対照性と共通性も論じられてゐない。
近代日本文学を論じる世代が来る前に、文壇が消え、文学を読む層的な読書人が消えてしまった。
そんなところに優れた国家など持続しない。
そうそう、昨晩ご紹介したAmazonの平和の使途さん。全面的に文章を書き替えています。ここまで完璧にひどいと寧ろ左翼を下げるための保守側の工作か。
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