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【短評】

 昨日熊野純彦氏『和辻哲郎』読了。熊野氏の最新刊『本居宣長』を長谷川三千子氏が絶賛しておられたので読んでみたが、この和辻論は評価できない。伝記と和辻哲学の形成を混ぜながら、論述の中心は『倫理学』の読みに終始する。『倫理学』はこういう抜き書き風の解説を要さない読み易い作品だ。新書の制約があるとは言え、読むならもっと批判的であってほしいし、批判史の紹介を通じて熊野氏自身の評価をはっきり打ち出すべきだったろう。とりわけ和辻の極めて保守的な共同体論と戦後思潮の大きな差、更にロールズ、ポストモダン以後、和辻哲学にどういう意味があるのか、ないのか。詩人哲学者という曖昧な言い方で逃げずにそこを論じてほしかった。
まして『日本倫理思想史』を、その天皇論の紹介だけで、ろくに論じていないのでは、和辻の最大の問題である「普遍」への希求と自らは「日本人であること」の特殊性に留まる両極への緊張をまるで見ないまま終わる事になる。和辻の「日本」と対決しない和辻論は全てまやかしだ。その意味で他の大正文化人、岩波文化人らとの「戦後」における交流・違和ももっと記述してほしかった。マルクス理解を褒めたり、ハイデガーやフッサール、あるいはベルグソンの影をみたり、その先駆的後継者たる和辻を幾ら見ても仕方ない。
 昨日はサンクトペテルブルクフィルの来日公演。私が特に高く評価する指揮者テミルカーノフが体調不良で降板、副監督のニコライ・アレクセーエフ(トルストイに出てきそうな(笑))に交替。ラフマニノフのピアノコンチェルトはソリストのルガンスキーが素晴らしい。冒頭から研ぎ澄まされた深みのある打鍵、悠揚としたスケール感、圧倒的なスケールで始まる。リヒテルみたいだが、音は寧ろ生で聞いたミケランジェリに近い。黒光りし、底知れず、生き物のようで、硬質の抒情に私はしこたま酔った。アレクセーエフの伴奏もいい。堪能した。ところがチャイコフスキーの第五は学校の先生のような指揮ぶり。というかどこもがメゾフォルティッシモ(笑)というような塗り込められ、閉じ込められた演奏で、私は時間を持て余した。ところが、である。アンコールのエルガーのニムロッド。これが余りにも素晴らしいのである。伸びやかな歌、深遠な囁き、壮大なクレッシェンド……。効果万点の曲だけどこんな風に聞かせられる人は殆どいない。それを言うなら第5だって効果万点の曲なのだし。どっちがアレクセーエフなの?
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