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【知の荒廃と昼寝】

新潮45の拙文については、自分で言うのも妙な話だが、日本の近代批評や、現代の思想的問題提起の文脈で真面目に受け止めないと、全く意味がない。知的に全く対応できない人たちが論・文壇を占めていて橋にも棒にも掛かりようがない。大きな時代的文脈でこの問題を語っておく。
日本では小林から始まる近代批評をポストモダンが嘲笑して捨て去った時に、知の大崩壊が生じた。かつて学生時代、周囲がポストモダン熱を上げる中、柄谷氏や浅田氏が「あちら」の解説をする時と、自らを語る時の、成熟度の途方もない落差に呆れ、憫笑を催したものだ。まるで昭和初期のプロレタリアの連中みたいな背伸びのしざま…。あそこを断裂面に、近代批評が達成した文章、思惟の継承者が殆どいなくなって、言わぬ方ない低能が文・論壇を覆う「失われた知の30年」が平成となった。きちんと読んで、きちんと考え、きちんと書く代わりに、きちんと読まずに難解な用語や意匠やイデオロギーの図式に当てはめて、考えている気になっているインテリが群生、その果てには、難解な用語さえ使いこなせず、文学史的思想史的文脈さえしらない「知識人」だらけの現在……
 おやおやそんなことを書くつもりではなかったのに(笑)今日は昼寝の日なんだ。今、飯を食いに起き出し、うまい味噌汁を啜って、また床に入る。9月初頭から、風邪で臥せった時を除くと全く休んでいなかった。この所過労で何ともしんどい。今日は原稿もやらない。午後に取材を受けに事務所に出る以外は昼寝。
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