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慨嘆と憂慮

広辞苑が改訂される度にイデオロギー的な偏向を加えてゆくことを指摘した本がかつてあった。朝日新聞が、嘘を付きながら居丈高に正義を主張する姿勢も年年歳歳人としての許容限度を超えてひどくなる一方だ。
 戦前の日本の左翼知識人はマルクス主義理解の程度は低かったが、人間性は遥かに純粋だった。たといソ連のスパイだったとしてもだ。またそうでない左翼――河上肇、小林多喜二、中野重治を始め、心情や人間性においては共感できるものがあった。
 目的と手段論争などで、目的の為には非人間的行為をあえてするという立場表明を戦前日本の左翼が幾らしても、それへの違和感を解消できない左傾知識人はたくさんいた。
 また体をぶつけて革命をしようという覚悟がある人達は、それだけの何物かではあった。
 いつからだろう、左翼が、嘘を付く事への何の痛みも感じず、根拠ない正義の主張を振り翳す「人間の屑」に成り下がったのは?
 勿論、ポストマルクス主義―リベラルと言う名のソフトマルクス主から、それは始まった。一応そう言える。
暴力を封じて思想教育により細胞を伝播してゆく。日本では丸山眞男、東大システムがその震源地だし、田中英道氏のようにフランクフルト学派にその典型を見る見方も当然正しい。が、丸山やアドルノは学生運動に裏切られたわけで――二人ともフルトヴェングラーという「右翼思想」の音楽家の大ファン(笑)――人間性の根っこは文化保守主義者で、モラリストだったと私は思う。
この世代からの戦略的なリベラルの偽装が、一体どういう経路と理由で、知的な精錬を完全に捨て、暴力革命よりたちの悪い思想洗脳の世界的拡大につながり、世界を汚染し続けることになったのか。ハーバードに代表される世界の有力大学、国連など国際機関、三大ネットワーク、ニューヨークタイムズ、ル・モンド……。そしてこの人たちがリベラルを絶叫しながら自由社会の保守政権や保守陣営を攻撃すればするほど、中国共産党の覇権が世界に浸透する。
ものの見事に対応しているのである。
 思想戦をベースにしない政治闘争は勝てない。
 …。私は政治闘争はおろか、思想戦にも本当に興味がない。私には真善美しか興味がない。それでも、私はやり続けねばならないのか。いつも私を苦しめ悲しめる問いだ。
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