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感想

私は他責的な言動が極端に嫌いな人間で、朝日新聞やテレビ批判が仕事の一部になってしまったのは、実は不本意である。
 私の酒席を共にした人ならわかってもらえようが、マスコミが話題になることなどまず全くない。興味ないのだ。また、人の陰口や噂話も殆どない。他責が本当に嫌いなのである。
 私が一番寛げる話題は音楽、文藝、思想であって、余程気のあう酒友とでなければ、他の話題は多かれ少なかれ無理をして話している。今でも文藝が主題で酒席が弾むという奇跡があれば、そのまま独創的な批評の本が一冊仕上がるという程度の才能と蓄積はあるのだが。
 音楽や文藝の仕事に徹すれば、居場所なく、社会的な仕事をすれば、本来の文藝から遠ざかる。……
今日は源氏、蓬生。末摘花の悲惨な境遇の描き方はえげつない。植村氏『丸山と平泉』は一章丸山、二章平泉を読み、構想を理解できた。思想史的に極めて興味深い試みだ。尤も、私は丸山の政治言動は浅薄で、全く評価できないし、平泉の少年日本史―講談社学術文庫の物語日本史のような仕事は、美しい素晴らしい歴史語りと思うが、平泉を一流の歴史家とは思わない。皇国史観による歴史の裁断と限定は歴史をつまらなくし、嘘にしてしまう。マルクス主義に対抗して歴史を神学化しようとした平泉の試みは、同時代の優れた文学者らから殆ど認めれなかったと思う。山崎闇斎の昭和における再生というが、闇斎のようなスケールのある思想的営みではなかろう。
 丸山と平泉は、近代日本の知が東大の中核で政治性によって傷つけられた典型、頂点として本書で取り上げられているので、植村氏は両者を巨人として尊敬しつつも、批判という方法でアプローチしている。私は寧ろ昭和の学問が小さくなったこと、近代人文学が定着して、日本の学問伝統の大きさが失われたことを二人に感じながら読み進めている。
植村氏が後半、どうこの二人を関連付け、また、その政治性から救い出すのか、出さないのか。今日はそこが楽しみで読書を進めたい。
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