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随感

昨晩伊豆の自宅に戻つた。隔週でと思つてゐるが、多忙が続き、月に一度が精々のまま年の瀬になつた。今日はマイネッケの主著『近代における国家理性の成立』に入れるか。一方で丸山眞男の『日本の思想』も読み始められるといいのだが。これ自体は大したものではないが、重要なことは丸山の日本思想論の影響力の大きさが、小林秀雄の『考へるヒント』の成立の密かな動機の一つだつたと想像される事だ。『日本の思想』に小林論も含まれるがさういふことを言つてゐるのではない。丸山の重要な仕事は戦前の『日本政治思想史研究』で、残念ながら戦後の丸山は戦前への怨念で学問を政治化してしまひ、あちこちに反証可能でない日本否定や日本侮蔑が噴き出て、客観的な価値を著しく落としてゐる。が、影響力は絶大だつた。
小林は近代絵画とベルグソン論の後半頃から再び日本に戻り、『考へるヒント』『本居宣長』と江戸思想を最後の二十年の主要な仕事にした。津田左右吉や村岡典嗣の近代文献学的方法を自分は取らないとする一方、丸山に言及はないが、寧ろ小林には丸山の日本思想との取り組みへの強い批判があつたであらう。契沖から宣長への学問の血脈を小林が辿る時、丸山の日本政治思想史研究の「方法」を引つ繰り返してゐるのは明らかだ。小林の宣長は「方法」そのものにおいて「日本」を提出してゐる。しかし、それ以上に津田や村岡の世代にない日本否定の情念に対して小林が内心どう思ひながら、自分の仕事を完成させていつたか。――
丸山の江戸研究と小林の江戸との取り組み。これは私としては多分来年の夏位から取り組むテーマとなる。
 音楽批評は昨日、ティーレマン論の見直しが終り、今日はサイモン・ラトルについて論じた部分の推敲。まだ頭も心も集中してゐない。昨晩はフルトヴェングラーBPO、シューマンのマンフレッド序曲とベートーヴェンの《英雄》を新しいヴァージョンで。その後、朝比奈隆のマーラー《復活》一楽章を聞いたが、これはよくない。多分今日からクレンペラーを纏めて聴く。ヴァルターやモントゥーも混ぜる。音楽批評集の完成に集中し始めねばならない。
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