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感想

昨日は伊豆の家で色々雑事があり、殆ど勉強できなかつた。それでもマイネッケ『国家理性』の序論は読めた。国家といふ人類的な本能を前提としてゐる。正しい前提だ。ここを崩す議論―グローバリズム、ボーダレス国家、脱近代国家―は端的に人類を不幸に陥れるだけだ。いい加減無意味な所に知力を使う、マルクス主義以後のヨーロッパ諸学の馬鹿げた伝統こそ終りにしてもらいたい。その後はクレンペラー(1968)、カラヤン(1988)、フルトヴェングラー(1952)のベートーヴェン第4の1楽章。クレンペラーのハイドン《オクスフォード》を聴き、論の構想を立てつつある。クレンペラーが最後に達した域は神業だ。
今朝は会田弘継氏『追跡・アメリカの思想家たち』を大半読む。平易で深くバランスもよく幅広い状況の説明まで行き届いた名著だ。巻末を見て愕然とするのは今世紀後半のアメリカ思想の主要著作の翻訳が殆どない事だ。レオ・シュトラウス、フクヤマ、ロールズ位まで。
最大同盟国にして戦略的にパートナーシップを描き換へ、精神的な独立と独自性に戻るべき日本保守派のアメリカ思想理解がなければ、何からどう独立しろといふのだらう。欧米列強から独立を守つた明治の欧米理解は、最初にピークが来てゐる。いふまでもなく福澤、内村らから鴎外、漱石、荷風の世代までだ。日本といふ国では自立の思想はいつも外来思想との対決によつてなされる。
日本の文学、思想の仕事に本格的に入る準備をしてゐるが、日本人できちんとやつてゐる人がゐないやうだから、微力ながら自分で、アメリカとの思想的対決をしてゆくしかなささうだ。政治的な超多忙さ7年のブランクを埋める苦闘が続く。政治から抜け出したら美の世界へ。いつもさう思ひながらさうなりきれない。5時から後は美だけを追いかける、せめてさういふ人生にまでは戻したい。
 今日は音楽批評の推敲、植村氏『丸山と平泉』のノート。後はマイネッケと会田氏の読み進めと源氏。どこまでできますか(笑)
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