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日録

昨日は長時間足立康史議員と対談させていだいたが、相当本質的な議論ができた。国会のアホバカな状況もご著書より具体的に伺えて興味深かった(笑)が、問題意識も方法意識も第一級の国会議員だという印象である。
 今朝は、明日のJCPACの講演準備。最終的にスティーブ・バノン氏、木村太郎氏、私の三人のセッションが12時から1時間半ほどとなる。雑談風なものにせず、メディア論をきちんとお話しようと思う。
 これから丸山眞男論ノート口述の続き。源氏蓬生。何とか今日読了を。吉本隆明『丸山眞男論』。吉本は前提にマルクス主義的な容認できない錯誤や戦前史観があるが、しかし丸山よりは遥かにずっと物が見えている。しかし話を難しくし過ぎる。丸山の議論のボタンの掛け違いは一歩目にある。近代日本の思想家や文学者を苦しめた眼高手低――見識や才能は高いのに散文技術や知識の伝統・層・蓄積が少ないという悩みは丸山にはない。彼の場合眼がそもそも高くないからだ。問題は丸山が東大アカデミズムの「教祖」になった事だ。低すぎる出発点を今日まで後生大事に抱えている。一歩目が丸山でも積み上げて乗り越えてゆけばよかった。学問や藝術は反逆児しか伝統を形成できない。先生の忠実な弟子などという間抜けは学問では邪魔なだけ。
もう一人の教祖小林秀雄の場合は彼自身の「高さ」もさることながら、直弟子世代、孫弟子世代ともに師匠に全く忠実でない反逆者だらけだったので豊かな山脈を昭和文学に齎した。孫弟子世代が故江藤淳、桶谷秀昭氏、西尾幹二氏、長谷川三千子氏らだ。数は乏しかつたが、一人一人の内実は豊かな継承と言へる。その後、突然全てが枯れ果てた。私は荒野に植林を始めてゐるが、菲才非力孤立。
さて、吉本を読了したら、マイネッケ。そしてクレンペラーの『ロ短調ミサ』を聴けるかなあ。第一部だけになるか。音楽と全力で対峙する体力気力が戻らない。政治・社会的な行動は消耗する。途中で誰かと呑んだくれたりしtたくなる誘惑に打ち勝ち、家に自分を縛り付けて勉強の一日にしよう。
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