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さて…

いい天気だ。天気がいいのは結構なのだが、朝日新聞がなしのつぶてである。年始に正式な申し入れをして、文面を公表しようと思っている。朝日新聞が黙っているわけにゆかない状況、黙っていては大変な目に合う状況を作るつもりだ。
 が、日本の危機の中で、私がよりによってメディアとの戦いに忙殺されているようでは、この国は本当に間に合わない。足りない智慧ではあるけれど、国家の経綸と文藝に集中したい。前から絶体絶命の危機のみに集中して取り組むべきだというのが私の国家の仕事の鉄則であった。当初それは安倍総理再登板にのみ賭けるという方針、次はテレビに絞ってのマスコミ批判の路線を作るという方針。今の朝日新聞との喧嘩は正直なところイレギュラーだが、存外国際世論や国際リベラルとの世界の保守派との共闘を考えると球筋は正しかったかもしれぬ。
 しかし、私は運動家ではないので、日本論、人類における政治の問題を足かけしながら探求する仕事と藝術の仕事が日々の最優先事項だ。今日の読書は西尾幹二氏、中西輝政氏の最新対談『日本の世界史的立場を取り戻す』、マイネッケを引き続き読む。「世界史的立場」 やっとここに至ったか!! この言葉は京都学派の大東亜戦争時の用語。その契機は開戦直前に行われた小林秀雄、河上徹太郎、林房雄らと京都学派の座談会『近代の超克』である。ずっと私の懸案だったテーマが、愈々日本の明日があるかないかという重大な国家的な緊急テーマに躍り出た。
なぜ緊急テーマと化したかと言えば中西氏が30年近く前から国際政治上、日本の取るべき針路、構築すべき知的課題を極めて的確に出してこられたのに、日本の知識人や政治家が全くそのテーマに取り組まず、ここまで追い込まれたからだ。中西氏が安倍総理批判に転じられたのはつくづく残念だが、その知的営為は―極端な安倍批判部分を除けば―今尚最も傾聴に値する。西尾氏の『国民の歴史』以来の知的業績も、文字通り営みの全てが「近代の超克」の試みで、小林や福田恆存が手付かずだったところに踏み込んだ仕事だ。私の領域も全く重なる。マイネッケ辺りから読み返しているのも無論そのためだ。読書時間が欲しい。その一事を巡って毎日の苦悩、慨嘆が続く。
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