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自ら自由を守った経験のない近代日本

今目の前でデモクラシーが原理的に破壊され続けているのに声を上げない言論人、有識者の群れ、群れ、群れを見ていると、内村鑑三が「キリスト教を入れずに西洋文明を入れた明治維新の創業者らの罪は極めて深い」とかつて喝破した、日本破綻の二度目が愈々射程に入ってきたことを思わせる。大日本帝国も70年程で壊れた。
 私はクリスチャンではないし、内村と違い武士道にキリスト教を接ぎ木するのは不可能であって、武士道・神道の憲法化=constitutionの確立で対応できたと思うが、しかしその営みさえ近代日本も、まして平成日本に至っては(笑)何一つしていない。
 日本人に自覚してほしいのは、我々は一度も自由を自分の手で守ったことがないという事実だ。共産主義の台頭に言論や自由で対抗できず、治安維持法によって対処し、その後は左右の全体主義やコミンテルンの謀略に翻弄され国は破滅した。戦後はパクス・アメリカナーナの下で宗主国のイデオロギーとしての自由や議会制民主主義を採用したが、自前の民主主義だった55年体制が冷戦後壊され、アメリカの相対化が進む中、アカデミズム、言論界、国会、メディア、霞が関にあって、自由を守る日本固有の形而上学、宗教的信念、知的な積み上げが極めて貧弱なままここに至った。折口信夫晩年の課題は大敗北を受けて神道の宗教化だが、殆ど手付かずで死んでしまった。
 私が、親安倍で、朝日を叩いて……そういう次元ではなく、私が一貫して原理的な危機を説いている事を理解してほしい。詳しくは著書や雑誌論文を見てほしい。
 思想の営みを太くし、国民の国家への熱意を取り戻す以外、世界史の大波乱、中国文明の圧倒的な浸透に飲み込まれて、数千年の日本文明は消える。
 今日は、文藝対談集推敲、新聞寄稿原稿、記者会見構想、源氏の朝顔、象山と小楠を読み始め。トスカニーニのアイーダ。カラヤン晩年のブルックナー、ブラームス。
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